05


 ポケモンを回復させた私達は、街の端、1番道路の入り口へとやってきていた。
 季節は春。頭上に広がる上品な桜色が、旅立ちの日に文字通り華を添えてくれる。道端に咲いた菜の花の香りが空気に混ざり、私は存分に深呼吸した。
 これから私達は広い広い世界に踏み出していく。色々あったが、ついに正真正銘私だけの旅が始まるのだ。高揚していく想いは皆も同じようで、それぞれ色の違う瞳でこの道の先に続いている目標を見据えていた。
 ざあ、と風が吹き、桜吹雪が舞う。

「じゃ、行くよ」

 チェレンの声に、私達は頷き合った。

「せーのっ!」

 掛け声合わせて、私達は並んで一歩を踏み出した。全員ではじめの一歩を踏み出そう、とはベルの提案だった。これから分かれていく道も、今日の同じ一歩から始まるんだ! 最高に心躍る提案をしてくれたベルには感謝しかない。

「ああなんだろう、どきどきワクワクしちゃうね!」
「うん! 私、少し旅立つのが遅かったかもしれないけど……それでも、皆と一緒にこの日を迎えられたのなら、むしろ遅くなって良かったと思うよ」

 一歩を踏み出した今では、あんなに旅立ちに抵抗を感じていた昔の自分が信じられない。トウヤやチェレンのように、「チャンピオンになる」というようなはっきりした目標はないけれど、これから歩く道の先にきっと私も見つけられるだろう。とりあえずは、ジムに挑戦して実力をつけていく事を目先の目標にするつもりだ。

「さ、進もうぜ! 博士がこの先で待ってる!」

 少し先まで走っていったトウヤが私達を呼ぶ。その声に引っ張られるようにして、私達も駆け出した。


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「口止めされているとは言え、本当に、シロアに伝えなくて良かったのでしょうか。家族が秘密にしていたと知っては、シロアは悲しむでしょう」

 家族の一人減った家で、ふと口を開いたのは花凛だった。憂いを帯びた深紅の瞳が、古いベルトを見つめている。彼らの本来のトレーナー、ノワールの持ち物であるベルトには、五つのボールが嵌められていた。花凛、夜刀、アルバ、レイロン。あともう一体。
 灰色の毛に覆われた鉤爪の手が、そっとボールの開閉ボタンを押す。開いた中身は、空だった。未使用のボールでない事は、ボールに刻まれた傷を見れば一目瞭然だ。夜刀は本来ならば彼が存在していたはずの虚無を見つめた。

『あいつの事か。そうだな、俺も最後まで言うべきか悩んだ。どこかで出会ったらよろしく、くらい言っても良かったかもしれない。必ず会えるとは限らないが、決して会えないとも限らないからな』
「オレが今から飛んでって伝えてくる! 今ならまだ追いつけるだろ!」

 じっとできなくなったのか、アルバが席を立った時だった。

『駄目よ!』

 普段おっとりしたレイロンが、声を荒げた。皆が息を呑む中、レイロンは続けた。

『シロアを……危険に晒したくないの。それに伝えてしまえば、あの子には目的ができてしまうわ。他人から与えられた目的が。あたしはあの子には自分で見つけた目的だけを追って、旅を楽しんで欲しいの。何よりあたしはシロアの家族、そうでありたいといつも願っているけれど、同時に彼の仲間でもあるの。仲間との約束は、守らなきゃいけないわ』

 仲間。その言葉に皆はっとした。シロアと共に逃れたあの日以来、消息を絶った彼だが、今でも主を共にした仲間である事に変わりはないのだ。同時に、最後に交わした彼の言葉が脳裏に蘇る。

『レイロンの言う通りだ。あいつもちゃんと考えがあって、存在を秘密にするよう俺達に頼んだんだ。友を裏切るわけにはいかない』

 夜刀も頷き、彼に関する話は打ち切られた。シロアの知らないもう一人の家族は、シロアの愛する家族によって再び幻の最中へ身を隠した。


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