04


 正直なところ、私はツタージャとこの先やっていけるかどうか自信はない。ツタージャからは気に入られたらしいのだが、何故気に入られたかわからない以上、どう接していいかわからないのだ。いつまた蔓の鞭が飛んでくるか知れないし。
 ただここでツタージャを拒絶するという選択肢は、私には思い浮かばなかった。ツッコミどころはあるが私を見込んで託してくれたアララギ博士を裏切りたくはないし、何よりこのツタージャを見捨てる事になるのではないか。問題児らしくても、曲がりなりにも初心者向けとして研究所にいたポケモンだ。このままではきっと行き場を失い、誰にとっても幸せな結果にはならないだろう。まあ、こんな出会いの形もあっていいか、と努めて前向きに考える事にする。
 全員でアララギ博士にお礼を言って、場の雰囲気がひとまず落ち着いた時だった。

「なあ、せっかくポケモンを貰ったんだし、バトルしてみないか?」

 トウヤが挑戦的な眼差しで私達を見回した。ミジュマルもいつの間にか原型に戻り、『やってやるわよー』と気合い十分に飛び跳ねている。誰も否定しなかった。私も、バトルはしてみたいと思うが問題が一つ。このツタージャは私の言う事を聞いてくれるのか。足元に視線を送ると、ぎろりとやたら鋭い瞳で睨み返された。不安である。

「それはいいわ! ポケモンと心を通わせて、強くなっていくにはバトルが一番よ。じゃあ、今回は男女に分かれてやってみましょう。もちろん、トレーナーになったからには男も女も関係ないけどね」

 アララギ博士の指揮で、トウヤはチェレンと、私はベルとバトルする事になった。ベルとある程度の距離を取って向かい合う。

「シロア、初めてのバトル、よろしくねぇ! いっくよー、ぶーちゃん!」
『ぶーちゃん? それがオイラの名前?』

 ポカブは目をぱちくりさせて聞き返したが、ベルにはもちろん言葉はわからない。こんな時に頼まれてもないのに通訳するべきかわからないし、他人のネーミングセンスに口出しする権利は私にはない、と思う。私はポケモンの言葉がわかる分、お互いの納得のいく名前で呼ぶようにしなければ。

『ぶーちゃんは流石に……うーん……でもでもっ、ベルちゃんがつけてくれた名前だから、今日からオイラはぶーちゃんだ!』

 何やら葛藤して、ポカブは自分に言い聞かせている。何かを振り払うように頭を振った後は、四肢を踏ん張って身構えた。

「頑張ってねツター、ジャッ!?」

 気を取り直して、私もツタージャに声をかけた瞬間。耳のすぐ横を緑の残像が掠めた。びゅん、ってすごい音がした。

『エアレス』
「え?」
『エアレス。私の名前だ。気に入っているので貴様にも呼ばせてやろう』

 ツタージャは首だけで振り返り言った。既に名前がついていたのか……前のトレーナーにもらった名前、なんだろう。少しもやついたものを抱えつつ、ツタージャもといエアレスに指示を出す。

「エアレス、睨みつけるで防御を下げて!」
「ぶーちゃん、火の粉!」
『チッ』

 とりあえず指示は聞いてくれるらしい。素早く駆け寄るエアレスに、ぶーちゃんは視界を塞ぐように火の粉を吹いた。ベルの指示以上のことをやってのけるあたり、なかなかのポテンシャルを秘めているのかも、って感心してる場合じゃない。

「エアレス! 大丈夫?」
『当然。私を誰だと思っている』

 華麗なバック宙で炎を避けたエアレスは、全くの無傷。こっちもこっちでセンスがあるみたいで、気を引き締めないと私が置いていかれそうだ。

「ぶーちゃん、体当たりだよ! それから火の粉!」
『よーし! この勝負もらうぞー!』

 初撃を防いだ事で俄然やる気が出たらしい。ぶーちゃんは短くも力強い四肢で、しっかり地面を踏みしめ鼻息荒く突進してくる。まともに受けては駄目だ。避けるか止めるかしないと。悩んでいる暇もなく、咄嗟に、既に私が二度も食らった技の名を叫んだ。

「蔓の鞭で止めて!」
『調子に乗るな豚!』

 エアレスも初めからそのつもりなのか、タイムラグもなく蔓が伸ばされた。口悪く叫んでいたが、ベルには聞こえていないのが幸いだ。蔓の鞭はぶーちゃんの足を狙っていた。勢いづいたぶーちゃんは急には止まれず、蔓に引っかかって派手に転ぶ。

『この勝負もらった、だと? 寝言は寝て言え』
『ひぇっ』

 転んだ先で待ち構えていたエアレスが、ぶーちゃんをそれはそれは鋭い目つきで見下ろす。さっき不発した睨みつけるだ。

『それは私の台詞だ!』

 縮み上がったぶーちゃんを蔓で打ち上げ、それを追うようにエアレスも跳躍する。空中で身動きできないぶーちゃんに、緑の竜巻が襲いかかった。この技は、えっと……。

『うわぁぁ!?』

 考えている間にも状況は待ってくれない。悲鳴と共にぼとり、と落ちてきたぶーちゃんと、すとん、と涼しい顔で着地したエアレス。勝負はついたようだ。ベルが慌ててぶーちゃんに駆け寄った。

「ぶーちゃん! 大丈夫?」
『ぶー……』
「うぅ、あたし達の負けだぁ……悔しいけど楽しかった! バトルありがとう、シロア!」

 悔しさの残る、それでも晴れやかな笑顔で手を差し出すベル。

「ベル、こちらこそありがとう」

 握手を交わす。じわじわと勝てた喜びが沸きあがってきた。ほとんどエアレスにリードされる形だったのは否めないが、勝ちは勝ちだ。きちんと指示を出して、一緒に勝てるように頑張っていきたい。指示は聞いてくれたわけだし、案外やっていけるかもしれない。

『最後の技はグラスミキサーだ。覚えておけ馬鹿め』

 私の足元で毒づくエアレスの声を無視すると、膝裏に蔓の鞭を受けて崩れ落ちた。教えてくれるのはありがたいがこれは酷い。


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