03


「ここにあなた達のパートナーとなってくれるポケモンがいます。仲良く選んでちょうだいね」

 アララギ博士が持つ、横に長い筒状のカプセル。横のボタンを押すとカプセルが開き、赤と白の真新しい三つのボールが現れた。……三つ?

「アララギ博士? 僕達四人いますが、ボールは三つだけですか?」

 真っ先にチェレンが指摘する。私、ベル、チェレン、トウヤ。四人に対してボール三つでは数が合わない。まさか、アララギ博士に限って数を間違えたとか、用意が間に合わなかったとかではないだろう。

「そうそう、シロア」
「はい!?」

 アララギ博士からの突然の指名に声が裏返ってしまった。自分が思っていた以上に緊張していたらしい。

「あなたを見込んで、後で私からお願いしたいポケモンがいるのよ。良いかしら?」

 お願い、とウインクするアララギ博士は、年不相応な――と言ったら失礼か、大人の女性なのに少女のような可愛らしい仕草だった。私としては、絶対にこのポケモンと旅に出たい! という拘りもないし、ポケモンと会わせてもらえるだけでありがたいので断る理由もない。何故四人の中で私を直々に指名したのか、疑問は残るが、それよりも新しい出会いに対する期待の方が遥かに大きい。
 大丈夫だと伝えると、アララギ博士は安心したようにほっと息をついた。

「シロア、一足お先に俺達が選ばせて貰うぜ」

 前もって順番を決めていたのか、まずトウヤが進み出てカプセルを見つめた。ラベルを見て少し悩んでから、勢いよく真ん中のボールに手を伸ばした。

「俺の名前はトウヤ! 一緒に行こうぜ、ミジュマル!」

 きらきらした表情でボールを放り投げ、呼びかけるトウヤ。空中で開いたボールから、水色のシルエットが飛び出してくる。

「きゃー! 初めまして、トウヤ! 私を選んでくれてありがとう!」

 ミジュマルは出てくるなり擬人化してトウヤに抱き着いた。そばかすのある可愛い女の子だ。

「僕はこの子にするよ。出ておいで」

 次に選んだのはチェレン。チェレンはトウヤとは対照的に落ち着いた態度でボールを地面に向けた。表情から、期待は隠しきれていないけれど。

「ツタージャ、よろしく」
『よろしくお願いします』

 ツタージャは落ち着いた様子でお辞儀をした。原型の言葉がわからなくたって、この状況でこの仕草なら十分意味が通じる。
 最後はベルの番だ。ベルが触れる前に、今度はポケモンの方から飛び出してきた。

『あの、オイラ余りものだけど……』

 不安そうに鳴くポカブ。ベルは手を伸ばしかけたポーズのまま目を見開き、静止してしまった。
 三人に、三体のポケモン。選ぶ順番が遅くなるほど選択肢は減っていくのは当然だ。人数以上のポケモンを用意すれば、逆に選ばれない子ができてしまう。

『さ、最初のポケモンがオイラでごめん……』

 小さな声でポカブが言い切る前に、ベルはポカブに飛びかかった。

「ポカブー! あたしね、旅立つならパートナーはポカブがいいってずぅっと思ってたの! あたしベル、よろしくねー!」

 ぎゅうぎゅうと抱き締められて、ポカブは始めきょとんとしていた。けれど、すぐにベルの言葉が浸透したらしく笑顔になった。

『ベル……ベルちゃん! オイラ頑張るよ!』

 ポカブの言葉は、ベルにはただの鳴き声としか聞こえていない。それでも間違いなく通じているだろう、ベルの表情が物語っている。
 三者三様のパートナーとの出会いは、見ている私まで嬉しくなってしまう。私も、早くパートナーと出会いたくて、居ても立っても居られなくなった。

「アララギ博士、」
「ええ。このモンスターボールに入っているのがあなたにパートナーにして欲しいポケモンよ。大丈夫、きっと上手く行くわ」

 敢えてポケモンの種類は聞かず、小さな球体を受け取った。家族のボールを持った事もあるが、やはりとても軽い。本当に中に命が入っているなんて、十六年生きてきた今でも不思議に思う。科学の力ってすごい。

「よし、私の番だ」

 唇を舐めて、ボールを放った。
 青空を背にボールが放物線を描く様子が、まるでスローモーションのよう。一体どんなポケモンで、どんな性格で、これからどんな旅が始まるんだろう。心臓の音がうるさくて、耳が心臓にでもなったみたいだ。
 白い光がポケモンの形を描き出す。光の中から現れたのは、深い緑色と優しいクリーム色の二色の身体に、艶々と張り出した扇形の尻尾。チェレンの足元にいる子と同じ種族だ。

「ツタージャ!」

 名を呼べば、ツタージャは静かに目を開いた。透き通った朱色の瞳が私を見つめ、僅かに口元を緩ませた。
 
「初めまして。私の名前は痛ぁーっ!?」

 自己紹介の最中、バシーン、とそれはもう小気味良い音が響いて、全員の視線が私に突き刺さった。一瞬遅れて頬にヒリヒリした痛み。

『ふむ。貴様の名はイタァーッか。間抜けな名前だな』

 蔓を伸ばしたまま、ツタージャは小さな手を組んで尊大に言い放った。
 伸びた蔓を見てやっと状況を理解した。何故か私は、何もしていないのにツタージャに蔓の鞭でひっぱたかれたらしい。和気藹々とした出会いの瞬間を目の当たりにした直後。出てきたポケモンにいきなり攻撃されるなんて全く予想外だった。
 言葉が出ず呆然としていると、ツタージャは腕組みしたままふんと鼻を鳴らした。何この子。身長的には見上げられてるのに、明らかに見下されてる感。きっと上手く行く、とか言ったのはどこの博士だ。チェレンの選んだポケモンと同じ種族という事は、初心者向けのポケモンのはずだが、この子は本当に初心者用のポケモンなのだろうか? 性格に難があり過ぎないか。

「あらら、ツタージャは相変わらずねぇ」

 微笑ましい光景を見た、とでも言わんばかりのアララギ博士の表情。説明を求める私の視線に気づいたのか、簡単に事情を話してくれた。

「シロア、あなたポケモンの言葉がわかるでしょう。だからあなたにそのツタージャを任せたいのよ。何度も研究所に帰ってきて、ギシンカもできないみたいだから理由を聞いてあげることもできなくてねー。ギシンカできる子に通訳をお願いしても、話してくれないのよ」

 私が選ばれた理由はそれか。要はお手上げ状態の問題児をどうにかしてくれ、というアララギ博士からのSOSだ。何度も研究所に帰ってきて、という事はトレーナーに手放されたのだろうが、初対面の人間をいきなり攻撃するこの性格なら納得である。

「アララギ博士、ギシンカって? ポケモンが人型になるのって、擬人化じゃないんですか?」

 ポカブを抱き締めたまま、首を傾げるベル。この状況で横槍を入れられるとは、流石ベルだ。私も、ちょっと気になってはいたけども!

「専門用語では進化擬き、ギシンカって言うのよ。一般にはより言いやすく、近い言葉を当てはめて擬人化って言われるわね」

 アララギ博士も平然と答えないでほしい。いつもなら、一つ知識が増えたと嬉しく思うはずなのに、全く頭が吸収している気がしない。

『私の言葉がわかるのか? 本当かイタァーッ』

 蔓で反対側の頬をつつき、問い掛けてくるツタージャ。いい加減黙ってられず、その蔓を払いのけた。

「あのね、私の名前はイタァーッじゃなくてシロア! わざと間違えてるでしょ!」
『通じているな……奇怪な人間だ』

 ツタージャはほんの少し目を見開いて、蔓を引っ込めた。他の人にはない能力だと自覚はあるが、奇怪って言われるとちょっと凹む。どうしてこの短時間で肉体的にも(いきなり蔓の鞭)、精神的にも(奇怪扱い)、攻撃されなきゃならないんだろうか。

「初心者向けじゃないのよねーその子。だからシロアに託そうと思って」

 アララギ博士は微笑んで続けた。研究者なら、様々なポケモンと人間の関係を見てきただろうから、こんな光景も微笑ましく映るのかもしれない。だが、私にとっては最初のパートナーと出会う、人生の転機とも呼べるような大事な瞬間なのだ。そのスタートがこれでは不安になるというもの。
 そう、家族がポケモンであり、友達のほとんどががポケモンであるというポケモンに囲まれた暮らしをしてきたが、私はトレーナーとしてはずぶの初心者だ。初心者向けじゃないとアララギ博士が判断したポケモンを、最初のポケモンとして会わせるなんて矛盾もいいところじゃないか。

「あの博士、私も初心者ですが?」
『良いだろう、喜べシロアとやら。私は貴様が気に入った』

 ツタージャは偉そうな態度を崩さないまま、私の足元に並んだ。一体この短いやり取りの間の、どこに気に入られる要素が合ったのか皆目わからない。

「ほら、ツタージャも嬉しそうよ。あなたを受け入れたみたい。良かったわね、シロア」
「待って誰か私の話聞いて」

 なんという事だろう。ツタージャも、頼りのアララギ博士も、誰も私の話を聞いてくれない。
 拝啓、私の家族。特にお父さん。
 まだ別れて一時間と経っていませんが、いかがお過ごしでしょうか。私の旅立ちは早くも波瀾万丈の予感がします。


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