02


 カノコタウンは、森育ちの私にとっては大きく感じる街ではあるのだが、外の世界を知っているポケモンいわく「研究所があるだけの寂れたド田舎」であるらしい。確かにテレビや情報誌で見る他の街より広々としているが、私はこれぐらいの方がちょうどいい。待ち合わせの場所は、そのカノコタウン唯一と言っても良いランドマーク、研究所である。
 道往く人と挨拶を交わしながら目的地を目指す。ここの人達は、優しい。主にお父さんがこの辺りでは有名なトレーナーとして、名を馳せているせいもあるんだろうけど。街ではなくわざわざ森に住んでいる、ちょっと変わった私にも普通に接してくれる。
 研究所は北の端、森に近い場所にあるため、街に入ってすぐに見えてきた。赤い屋根のどっしりした建物。研究所の前の広場に、何人か集まっているのが見える。向こうも私達に気づいたのか、一人が大きく手を振った。私も手を振って、気持ち急ぎ足になる。

『お世話になります、アララギ博士。この度は娘の旅立ちに助力くださり、ありがとうございます』

 テレパシーを使って全員に言葉を伝えながら、お父さんがさっき手を振った白衣の女性に頭を下げた。

「いいのよ夜刀、そんなに畏まらなくて。シロアも久しぶりねぇ」
「お久しぶりです、アララギ博士。今日はよろしくお願いします」

 アララギ博士はこの地方でポケモンの起源を研究している博士で、私も何度も会っている。私がポケモンと話せる事を知っている数少ない人間の一人だ。私は今日、最初のパートナーになってくれるポケモンをアララギ博士から紹介してもらう事になっているのだ。

「あ、シロア! 今日はお誕生日おめでとう!」
「おめでとう、シロア。僕達以外にもう一人来るって聞いていたけど、君だったんだね」
「そういえば今日誕生日だったな、おめでとうシロア! これで全員揃ったな」

 ふんわりした雰囲気と金髪の女の子、ベル。眼鏡を押し上げる知的な黒髪の男の子、チェレン。快活で意思の強そうな瞳の茶髪の男の子、トウヤ。貴重な人間の友達である三人もまた私の能力を知っている。というか、私の能力を知っている人間はここに集まった四人だけだったりする。ベル、チェレン、トウヤは、いつの間にか街に来た時は一緒に遊ぶようになった、幼馴染みと言える存在だった。私の方が少しだけ年上で、今日は最大限に年齢差が広がったわけだが、私達の関係に上下はない。それより気になるのは、チェレンとトウヤの発言だ。トウヤが私の誕生日を忘れかけていた事、ではない。

「皆、ありがとう! ねぇ、全員揃った……って、皆も旅立つの?」

 一緒に旅立つ人がいるなんて初耳だ。ベルが元々大きな目をまん丸くして、口元に手を当てた。明らかな、「やってしまった!」なポーズ。

「もしかして、あたし、言ってなかった? ごめんねぇ」
「ベル……シロアには自分が伝える、って言ってたじゃないか」

 えへへー、と眉尻を下げるベルと、呆れたように嗜めるチェレン。小さい頃から変わらない光景に、トウヤと顔を見合わせて笑った。

「いいよ。私も、機会がなくて旅立ちの事は言えてなかったし、お互い様、だね」

 旅立ち仲間がいるのは嫌じゃない、むしろ心強い。幼馴染みなら尚更だ。同じ街を同じ日に巣立った仲間、追いついたり、追い越されたり、ライバルだったり、どこかで何かの目的で協力し合うかもしれない。なんだか物語みたいで素敵じゃないか。

『俺達はここで失礼します。アララギ博士、後はよろしくお願いします』
「あらら、もう少しいてもいいじゃない」

 これからについて、互いに期待や夢や意気込みを話していると、お父さんの声。そうだ、護衛のため街まで見送るのがお父さんの約束だった。これ以上、長居する理由はない。お兄ちゃんは「もう帰るのかよー」と唇を尖らせている。アララギ博士も残念そうだが、お父さんは首を横に振る。

『他の子が緊張しますし、長居すると俺も寂しくなってしまいますので……シロア、楽しんでこいよ』
「何かあったら必ず連絡しろよ! お前がどこにいてもお兄ちゃんはすぐ飛んでいくからな!」
「わかった連絡するから、泣かないで」

 少し寂しそうに笑うお父さん(幻影だけど)とは対照的に、私の両手を取って今にも泣き出しそうなお兄ちゃん。ところで、ゲンガーのお兄ちゃんなら比喩でなく実際に飛んできそうだから怖い。私の手を握り締めたまま、いつまでも離れる気配のないお兄ちゃんの首根っこを、お父さんががしりと掴んだ。

「うわぁぁんシロアーお兄ちゃんは離れていてもずっとお前が大好きだからなー!!」
『黙れアルバ帰るぞ』

 最後まで騒がしいまま、お兄ちゃんはお父さんに引きずられていった。幼馴染みの前でこれはちょっと、いやかなり恥ずかしい。思わず顔を仰ぐと、トウヤと目が合ってしまった。気まずい。

「アルバって夜刀さんのゲンガーだっけ。相変わらずシロアが大好きなんだな」
「あはは……そうだね」

 トウヤの言葉に、苦笑いしかできない。
 因みに、お父さんがゾロアークである事を知っているのはアララギ博士だけだ。トウヤ達にはお父さんが本当のお父さんで、他の家族はお父さんの手持ちポケモンだと思われている。

「博士、ポケモンは?」

 相変わらずマイペースなベルの言葉で、私はここに来た目的を思い出した。顔の熱はまだ引かないが、気を切り替えよう。これから私は、私達は、共に旅してくれるパートナーと出会うのだ。皆の視線が集中する中、アララギ博士は微笑んで、キャリーから大きなカプセルを取り出した。


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