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 家のある森から一番近い街、カノコタウンを目指して獣道を進んでいく。目印がなさそうでも、ここは私が物心ついた頃から過ごした森だ。迷うはずなんてない。私の足取りに合わせて、バッグに結び付けられたお守りが軽快に揺れる。
 空はすっかり明るくなっているが、木々の下にはまだところどころ夜の空気が残っていて、この時期はまだ肌寒い。思わず身震いすると、横から伸びてきた腕が私の肩を抱いた。

『寒いか?』
「平気。それよりお父さん、わざわざ送ってくれなくても、カノコまでなら私一人でも行けるよ? この辺のポケモンはだいたい顔見知りだから、襲われたりしないって」

 隣を歩くのは、私と同じライトグレーの短髪に精悍な顔立ちの男性。幻影で人に化けたお父さんだ。

『さっきも言ったが、万が一、という事もある。それに、大事な娘の旅立ちだ。街まで送らせてくれ』
「う……あり、がと」

 さらりと言ってのけるお父さん。嬉しさとむず痒さが混ざった熱が顔に集まって、私は足元に向かってお礼を言った。お父さんは低く笑って私の頭を撫でた。撫でられた感触は硬く大きな爪と毛皮のそれなのに、腕を辿れば人間の身体へ繋がっている。視覚と触覚がちぐはぐなのも、もうすっかり慣れたものだった。この感触とも、しばらくお別れだ。

「……お母さんのこと、よろしくね」

 最近、体調が悪そうなお母さんを思う。去年の冬以降、原型で過ごす時間がかなり増えた。それが自然な事ではあるけど、お母さんは私のために、本当のお母さんに近づくために、できる限り人型であろうとしてくれた。私が旅立てば、無理して擬人化する事もなくなるのだ。

『ああ、任せておけ。お前は余計な心配をしないで、全力で旅を楽しんでこい。それが俺達の望みなんだ。それから、いい加減にしろアルバ!』

 お父さんは突然声を荒げた。私が驚いている間に、お父さんは流れるような動きで、振り向きざまに私の背後に爪を突き立てた。人の姿をしていてもそれは見せかけ、ゾロアーク本来の鋭い鉤爪は易々と地面を叩き割る。

『ゲッ!?』

 弾かれるように私の影から飛び出してくるのは紫色の塊。もとい、お兄ちゃんのアルバ。

『イッテェ! 夜刀やり過ぎだって……いつから気づいてた?』

 悪タイプの辻斬りは、ゴーストタイプのお兄ちゃんに効果抜群だ。技が命中したらしい左腕をさすりつつ、お兄ちゃんが涙目で問い掛ける。お兄ちゃんの疑問は、私も知りたいところだ。

『最初からに決まっているだろう、やけに背後の空気が冷えてたからな。あとは単純に予想してた』
『くっそー、シロアに気づかれるまで憑いていってやるつもりだったのにー』

 当然の事だと言わんばかりにお父さんは答える。この時期はまだ肌寒い、じゃなくて、ゲンガーのお兄ちゃんが影に潜んでいたせいで体温が下がっていたのか。どうして気づかなかったんだろう、旅立ちで少々浮かれていたからかもしれない。気を引き締めないと。危うく、お兄ちゃんがストーカーしてくるところだった。

『剣の舞からの辻斬りか、悪巧みからのナイトバーストか選ばせてやる』
『冗談通じねぇ!』

 お父さんの低い声はゴーストタイプにとっては死刑宣告も同然。身震いしたお兄ちゃんは人型を取り、私の後ろに隠れた。私より背が高いから、全く隠れられていないんだけど。

「シロアー、夜刀がいじめるー」
『いじめてない。帰れ』
「やだっオレも見送る!」

 駄々をこねるお兄ちゃん。お兄ちゃんに来てほしくないわけではないが、家族が一緒だといまいちスタートした実感が沸かないのも本音ではある。元々、家族の見送りは玄関まで、その先街までは私一人で行く予定だったのだ。それが、護衛のためにお父さんだけが急遽同行してくれる事になり、ここまで来た。護衛なんて必要ないと思っていたけど、身内からのストーカー行為を未然に防いでくれたので、ある意味正解だったと言える。

『どうする、シロア。気絶させて家に送り返すか?』

 真顔で聞いてくるお父さんは、私がイエスと答えれば本気でお兄ちゃんを倒しにかかるんだろう。お父さんの実力を知っているお兄ちゃんは、私にしがみつく手の力を強めた。肩が痛い。

「そこまでしなくても……お兄ちゃん、ついてきてもいいよ」
「本当か! さっすがシロアは優しいなーどこぞの堅物ゾロアークとは大違いで」

 ここでお兄ちゃんとお父さんが本気のバトルを始めたら、たぶん森に新しい広場ができてしまうし、待ち合わせの時間に遅れてしまう。時間に余裕を持っているとはいえ、早く先に進みたい。

「その代わり、お父さんと一緒に帰ってね。お父さん、いいでしょ?」

 とうとう言葉ではなく唸り声で威圧し始めたお父さんも、納得できるよう条件を付け足す。人の姿を保ったまま獣の唸り声が聞こえてくるのはなかなか怖い。

『確かに、俺が見張っていた方が得策か。……悪いなシロア、旅立ちの気分に水を差すような真似をして。行こうか』

 声のトーンから不満は消えていないが、納得してくれたらしい。歩き始めたお父さんの横に並ぶと、反対側に上機嫌のお兄ちゃんが貼りついた。私を挟んで火花を散らす、というような事もなく、ひとまず森の広場は増えずに済んだみたいだ。
 街まで、もう少し。



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