04


 元々短かった旅立ちまでの日々はあっという間に流れ、いよいよその日は訪れた。
 目を開くと、外はまだ蒼い。緊張と期待のせいか随分早く、夜明け前に目覚めてしまったようだ。大きく伸びをして、のそのそと布団から抜け出す。
 今日は私の十六の誕生日であり、夢を叶える最初の一歩となる日でもある。二度寝なんてできるはずもなく、持ち物の最終チェックでもして時間を潰す事にした。一度中身を全部出して、メモを見ながらまた詰めていく。傷薬を手にしながら、思い出すのは昨日の事。
 今日は朝から出発する予定のため、家族は一日早く誕生日を祝ってくれたのだ。街で買ってきてくれたケーキや高級なロメの実を堪能して、しばらくの間お預けになる団欒の時間を楽しんだ。本当に、楽しかった。
 昨日の余韻を噛み締めながら用意していれば、意外なほど早く時間は過ぎる。家族が起き始めた気配がしたので、そろそろ顔を洗おうと部屋を出た。
 

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「シロア、今度はあたし達から話があるのだけど」

 昨日の残り物と木の実という、特別感も何もない朝食を終え、ゆっくりと食後のお茶を飲んでいる時だった。お母さんは改まった様子で口を開いた。「あたし達から」の言葉通り、お兄ちゃんを含めた全員が真剣な表情でこちらを見ている。私も自然と背筋が伸びた。

「何?」
「旅立つあなたに。家族からの、プレゼントがあるのよ」
「……プレゼント?」
「そう。あたしからはこれを」

 お母さんはおもむろに身に着けていたオパールのネックレスを外す。立ち上がり、動けずにいる私につけてくれた。

「いいの、これ? お母さんの宝物でしょ?」

 恐る恐る首元の虹色に触れると、つるりとした手触り。お母さんが肌身離さず大切にしていたネックレスを、本当に貰ってしまっていいのだろうか。私の不安は見透かされていたみたいで、お母さんはにこりと微笑んだ。

「だからあなたに持っていてほしいのよ。これはね、本来あなたが持つべきもの。あなたの本当のお母さん、ノワールの形見でもあるのよ。オパールの石言葉は希望と幸福。あなたの旅路が実り多きものになりますように」

 本当のお母さんの、形見。当時写真も持ち出せなかったために、お父さんの幻影でしか姿を見た事のない本当のお母さんの姿を、今一度思い浮かべてみる。しんとした雪の日のような、不思議な感覚がじわりと胸の内に広がった。
 虹色を握りしめてお礼を言うと、今のお母さんは微笑んで頭を撫でてくれた。柔らかくて温かい、冬の陽だまりのような手。私を産んでくれた本当のお母さんも、勿論大切だし感謝している。決して会う事はできないが、旅をしていく中でその軌跡くらいは見いだせればいいなとも思っていたりする。けれどやはり私にとっては、小さい頃から数えきれないほど触れてくれたこの温もりこそが「お母さん」と呼べる存在なのだ。

「私達からはこれを。お守りですよ」

 お父さんと顔を見合わせたお姉ちゃんが、何かを私の前に置いた。真ん中に石が嵌められ、円形に編まれた小さなお守り。手に取って光に透かしてみる。編み込まれた部分は深紅と黒の糸で色分けされた幾何学模様。石は青く透明で、水晶か何かだろうか。ほんのりと不思議な輝きを放っている、ように見える。

「ドリームキャッチャーと呼ばれるお守りです。悪い夢を捕まえて、良い夢だけをあなたに届けるのです。転じて、あなたに降りかかる災いを払えるように、願いを込めました。中央の石は波導水晶。ルカリオの波導を凝縮し、結晶化したものです」
『編み込んでいるのは俺の鬣だ。ルカリオの波導の力とゾロアークの幻影の力は相性が良くてな。互いの力を高め合う。鬣にも多少は力が残っているから、きっとお前を守ってくれるはずだ』

 次々と説明してくれるお姉ちゃんとお父さんだが……なんだか、すごいものを貰ってしまった気がする。ルカリオの波導って実体のないエネルギー波みたいなもののはずなのに、それを結晶化? 何をどうしたのかさっぱりわからない。しかも妙に覚えのある手触りだと思ったら、お父さんの鬣を編み込んでるって……。売るつもりなんて微塵もないけれど、金額をつけるとしたらどれほどの価値のものになってしまうんだろう、なんて少し不謹慎な事を考えてしまった。だってこんなもの見た事も聞いた事もないし、世界に二つとないシロモノに違いない。

「あ、ありがとう」

 まあ見た目では素材はわからないし、落とさないようにだけ気をつけてれば大丈夫だろう。バッグに結び付けると、初めからそこにあったかのように馴染んだ。
 さて、最後に残ったのはハードルを爆上げされたお兄ちゃん。案の定、気まずそうに視線を泳がせていた。

「あー……。なんでオレが一番最後になっちまったんだよ」
「うふふ、ごめんなさいねぇアルバ。まさか花凛と夜刀でこんなものを用意してたなんて、あたしも驚いてるのよ。大丈夫、気持ちが籠っていれば形見のネックレスも貴重なお守りも関係ないわよぉ」

 あまり驚いていないように見えるお母さんが、フォローになっていないフォローを入れる。お兄ちゃんはがしがしと頭を掻いた後、決心がついたのか私の元に来た。

「これやる! お兄ちゃんだと思って大事にしてくれ!」

 お兄ちゃんが私の手を取って握らせたのは、柔らかい感触。手を開くと、ピンクとも紫ともつかない布地が見えた。
 それは小さく歪なぬいぐるみだった。縫い目も蛇行したり、幅が不揃いだったりと、良く言えば非常に個性的だ。

「えーと……ピッピ人形?」
「ちーがーう!! よく見てみろ、紫色だろ! ゲンガー人形、お兄ちゃん人形だ! 自信作だぜ!」

 どやあ、と胸を張るお兄ちゃん。言われてみれば紫の色味の方が強いし、尖った耳はゲンガーに見える……ってそれ以前に。

「これ、まさかお兄ちゃんが作ったの?」

 手作り感満載のぬいぐるみとは言え、俄かには信じられない。だって、原型でも補助技が嫌いで、特性が不器用じゃないのが不思議なくらい手先が不器用なお兄ちゃんが、手作りのぬいぐるみ? 驚く私の反応が嬉しかったのか、お兄ちゃんは白い歯を見せてニッと笑った。

「知り合いのジュペッタに教えてもらって作ったんだ! 本当はお兄ちゃんが憑いて行ってやりてぇんだけど!」
「……なんか今、「ついて」のアクセントおかしくなかった?」
「オレにはレイロンみたいにお前に引き継げるものもないし、花凛や夜刀みたいに特別な能力もないから、見劣りするかもだけどな……お兄ちゃんの代わりに連れてってくれ!」
「お兄ちゃん無視しないで。……大事に、するね」

 発言にはツッコミどころがあるものの、お兄ちゃんが私のためを想って苦手な手仕事をしてくれたのかと思うと素直に嬉しい。このぬいぐるみは、旅の同行者としてバッグに忍ばせておこう。
 改めて、家族それぞれからのプレゼントを見つめる。旅の邪魔にならない小さなものでも、込められた気持ちは計り知れない。顔を上げれば、私を見つめる家族の笑顔。ああなんて、温かくて優しいんだろう。不意に何かが込み上げてきて、家族の姿が歪んだ。

「お母さん。お父さん。お姉ちゃん。お兄ちゃん。本当に、ありがとう」

 旅立ちの日に、泣き顔なんて見せたくないのにな。ぼんやり考えても、感情は止まってくれない。涙声でお礼を言えば、それぞれの言葉が返ってくる。
 旅立ちを決意する前に悩んでいた、私が躊躇する理由のもう一つが、やっとわかった気がした。
 それはきっと、歪でも優しく愛おしくて堪らない家族と過ごす時間が、私には手放しがたい幸せだったからだ。


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