03


「だから、私。次の誕生日に、旅に出ようと思う」

 意を決して、夕飯の席で旅立ちを決めたと打ち明けた。もう道具も揃えた、お母さんには話して同意してもらった。私の十六の誕生日になったら旅に出たいと。予想通り、最初に声を上げたのはお兄ちゃんだった。

「なんでなんでなんでなんだよ! お兄ちゃんが嫌いになったのかシロア!? 家出か反抗期か!?」

 紫色の逆立った髪のお兄ちゃんは、一見すると人間に見える。けれど、大きな口に並んだ歯はギザギザしていて、赤い瞳は暗がりと気分で光ったりするから、やっぱり人間ではない。食卓の反対側に座っていたお兄ちゃんは身を乗り出し――それだけでは足りないのか、原型であるゲンガーの姿に戻り私に詰め寄ってきた。ふよふよと食卓の上に浮かび、視界いっぱいに紫色が広がる。

「こらアルバ。お行儀悪いですよ」
『けどよー花凛カリン、シロアが家出するって言うからぁ』
「けどじゃありません。席に戻りなさい。先ほどのシロアの気持ちを聞いていなかったのですか? こんな真摯なシロアの気持ちを止める権利は、私にはありません」

 お兄ちゃんのアルバを注意したのが、青い髪に黒のメッシュが入り、三角の立ち耳が飛び出た女性。私にはお姉ちゃんとして接してくれる彼女の種族はルカリオだ。有無を言わせない口調のお姉ちゃんに、お兄ちゃんはしぶしぶ席に戻った。すぐさま擬人化して椅子に収まる。

「家出じゃなくて、旅に出たい、って言ったんだけど……」
『俺は賛成だ。良い勉強になるだろうし、お前ならきっと強くなれると信じてる』
「うふふ、夜刀ヤトが言うのなら間違いないわねぇ」

 お父さんとして家族をまとめてくれているのが、夜刀と呼ばれた擬人化していないゾロアーク。お父さんは体質的に擬人化ができないらしい。代わりに幻影で完璧に人間に成り済ます事ができて、テレパシーで原型のまま人間と意思疎通もできる。トレーナーに化けてお金を稼いでくれている、名実ともに大黒柱のお父さんだ。
 お母さんにデンリュウのレイロン。お父さんにゾロアークの夜刀。お兄ちゃんにゲンガーのアルバ。お姉ちゃんにルカリオの花凛。そして、人間である私。
 誰一人として血は繋がっていないし、種族も出身地もバラバラで、人間は私だけの歪な家族。それでも私達は、自分で言うのもなんだが仲の良い家族だ。
 私の本当の親は、お父さんは私が産まれる前に、お母さんは私が産まれて間も無く亡くなったと聞いた。遺産が、跡継ぎが、どうも私の家はそんな大人の事情で複雑だったらしい。またトレーナーが亡くなった場合、手持ちポケモンは遺族の判断で引き取られるか自然に返されるか決められる。それなりに強かったお母さんの手持ち達――今の私の家族は、親戚皆が欲しがり、バラバラになるところだった。色々と邪魔になる私は、命の危険すらあったそうだ。
 そこで手持ち達が結託して、私を親戚達から遠ざけ守り、家族となって私を育ててくれた。
 私が擬人化していないポケモンの言葉がわかるのも、この少し変わった生い立ちによるものだろう。お父さんが能力の使い過ぎによる頭痛に悩まされながらも、テレパシーを交えて言葉を教えてくれたから。
 ポケモンの言葉は、ポケモンごとに鳴き声が違うのにきちんと通じる。
 人間の言葉は発音を繋げて意味のある単語や文章を作り、相手に伝えるのに対し、ポケモンの言葉は声に意思を乗せて丸ごと伝える。だから発する音が違っても通じるし、声にして初めて意味を持つから文字としては残らない。原理としては簡単なのに、他に原型のポケモンと話せるという人間の話を聞いた事がないのは、私が偶然環境と素質に恵まれていたせいだろうか。

「うぅ、夜刀も賛成かよぉ〜。じゃあ、じゃあ、心配ならお兄ちゃんがついてってやるぞ! お兄ちゃん強いから、他のポケモンもゲットしなくて大丈夫だぞ!」

 反対意見が自分だけと知り、肩を落とすお兄ちゃん。しかし次の瞬間には顔を上げて、前のめりに提案してくる。お姉ちゃんに注意されたばかりなせいか、頑張って擬人化のまま席についている。

「アルバ、あなたの場合は『心配なら』ではなく『心配だから』、でしょう。それにシロアは私達に指示なんてできませんよ」
「お兄ちゃん、心配してくれるのは嬉しいけど、私は自分の力で旅がしたい。だから、自分でゲットしたポケモンと旅がしたい」

 お姉ちゃんの指摘がいつにも増して鋭い。実際その通りだし、私としても気持ちを受け取るわけにはいかなかった。ガーン、と音が聞こえそうなほど凹むお兄ちゃんに、少し心が痛んだけど仕方ない。

「そんなぁ……」

 でも、最初のパートナーをどうするかは問題だった。この辺りの野生ポケモンとは、家族がポケモンであるのもあってだいたいが顔見知りで、誰か一体だけを改めてゲットして一緒に旅に出る……というのも何か違う気がする。一番大事な部分なのに、何故だか見落としてしまっていた。

『パートナーになってくれるポケモンなら、俺に心当たりがある』
「お父さん?」

 どうしよう、と悩む前に助け船を出してくれたのはお父さんだった。全く予想していなかったところからの支援に驚いてお父さんを見る。お父さんは、艶めいた深紅の鬣を揺らして頷いた。

『誕生日を出発日にするのなら、まだ少し時間があるだろう。それまでに俺が話をつけておく。シロアは気にせず自分の準備に集中するといい』

 ポケモンに最初のポケモンを探してもらう、というのもよく考えれば不思議な話だ。けれど人間である私以上に『トレーナーとして』人間と関わりのあるお父さんなら、むしろ任せてしまった方が安心なのかもしれない。
 お兄ちゃんの反対、というか駄々はあったけど、一度話してしまえば、怖いくらいくらいスムーズに旅立ちの話は進んでいった。


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