01


『やっほー! 久しぶり、アンタら元気にしてた?』

 何種類もの黄色と紅に彩られた森の中。草むらをかきわけて顔を出したのは、見知らぬポケモンだった。艶々した深い紫色、すらりとした体つき。翡翠色の瞳が際立って綺麗だ。

「レパルダス?」
『あっれー? シロア、アタシが誰だかわかってないなー?』

 にやにやと童話の猫のように笑うレパルダスは、明らかに私を知っている。でも、知り合いのレパルダスの誰にも当てはまらないのだ。首を傾げ尻尾をゆらゆら振る仕草に、どことなく見覚えはあるような……。一緒にいたチョロネコが『にゃー!?』と声を上げた。

『この匂い、まさか姉ちゃん? 進化したんにゃね』
『正解。あとね、今はマスターから黒瑪クロメって名前もらってるの。近くまで来たから、ちょっとだけ里帰りさせてもらったんだ』
『そうにゃんだー。姉ちゃん、旅のお話聞かせてほしいにゃ』

 なるほど、進化していたのか。機嫌良く喉を鳴らすレパルダスは、一年ほど前にトレーナーと共に旅立って行った元チョロネコだった。ゆったりと伏せたレパルダス、黒瑪は、懐かしそうに弟のチョロネコとじゃれながら旅の話を始めた。弟とあまり年が離れていないのに、随分と大人びて見える。ただ進化したレパルダスだから、とかではなくて、身に纏う雰囲気とか表情とかが、見違えるほどに成長しているように見えるのだ。
 やっぱり旅に出る事は、こんなにも人やポケモンを変えてくれるんだ。しみじみ眺めていると、視線に気づいた黒瑪がこちらに擦り寄ってきた。

『ところでシロアは、旅に出る気ないの? アタシのトレーナー、アンタより年下で頼りないけど、お互い支え合ってなんとか頑張ってるよ』
「旅に出たくないわけじゃ、ないんだけど……」

 その頼りないトレーナーに、とても大切にされているんだろう。手入れの行き届いた毛並みを撫でながら答える。黒瑪は気持ち良さそうに喉を鳴らして、宝石のような瞳で私を見上げた。

『きっかけがないとか? そうよねー、アタシらポケモンは突然ゲットされるっていうきっかけがあるし、ある程度覚悟はしてるから良いんだけど、人間のアンタはそんな事もないもんね』
「きっかけ、か……確かに、踏ん切りがつかないってのはあるかもしれない」

 私だって、人並みに旅には憧れていた。この世界に生まれた子供なら誰もが夢見る、そして程度の差はあれほとんどの人が実際に経験する、ポケモンとの旅。私もいつか自分だけのポケモンと一緒に、自分の足で世界を踏みしめる日を思い描いていた。チャンピオンになりたいだとか、ミュージカルを極めたいだとか、はたまたやり遂げなければならない使命があるとか、声を大にして主張できる目的があるわけでもない。ただ「旅に出る事」そのものに夢見ていたのだ。まあ、ジム巡りは興味あるけど、チャンピオンまで上り詰められるかどうかは別の話だ。がむしゃらに強さを求めてチャンピオンになってやる! と意気込むには、私が旅立ちを意識するのが少し遅かった。世間では早ければ十歳から旅に出る事が認められるらしいが、私はもう十五だ。次の春にはもうひとつ年を重ねる。現実だってそれなりに見えてしまう。

『ま、シロアの考えもあるんだろうけど、旅って楽しいよ。色んな体験や出会いがあって。ああでも、アンタみたいに原型のアタシらと話せるって人間は一人も見なかったなー』
『えーっ!? 僕らと話せない人間の方が珍しいんじゃにゃいの?』
『お馬鹿。シロアが特別なんだよ』

 黒瑪の言う、ポケモンの言葉がわかる能力。私が躊躇する理由の一つは、恐らくこの能力があるからだ。生まれつきではなく、家庭環境のおかげで必然的に身に着いたものではあるけれど……。私の能力を知っているのは家族とこの森のポケモンと、ほんの数人の人間だけ。他人とは違う能力を持った自分が、誰も自分を知らない世界に飛び込むのは、やはり抵抗を感じてしまう。夢と現実を天秤にかけて、皿は水平を保ったまま。たぶん、そんなどっちつかずな状態が今の私なのだ。
 秋は日が落ちるのが早い。黒瑪の旅の話を聞いている内に、いつの間にか辺りは夕暮れに包まれていた。チョロネコだけでなく、黒瑪に会いに来た森のポケモン達も、皆それぞれの棲み処に帰っていく。私もそろそろ帰らなくては。

「私、もう帰るね。話聞かせてくれてありがとう、黒瑪」
『いいのよ。アタシも久々に皆に会えて楽しかった。アタシは一晩泊まって、明日の朝マスターの所に戻るつもり。その前にアンタの家に顔出してあげるわ、アンタの家族にも会いたいしね』
「うん、皆喜ぶと思う。お休み」

 黒瑪達に別れを告げ、森の奥へ向かう。いつもと同じ帰り道。とても綺麗なはずの夕陽に照らされた紅葉の森が、どこか味気なく見えたのは何故だろう。



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