「今年は何が欲しい?」と聞くと、「名前との時間」とあっさり答えた。その返答に私が申し訳なくなるのは、昨年のことがあるからだ。輝気は「あけておいてね!」と言っていたものの、どうしても外せない用事が出来てしまったのだ。お蔭様で輝気とすごした時間は二、三時間ほどしかない。当日こそは間に合ってよかったという気持ちが強かったものの、暫くすると輝気は「遅れたくせに」なんて関係ない時にその話を持ち出したりする。それに関しては、私が悪いのでなんとも言い返せない・・・。
 しかし! 今年は時間がたっぷりある。何せバイト先にも三週間くらいも前から(うちのバイト先は一週間ごとにシフト希望を集める)「四月の十三日だけはいれないでください!」としつこく言っていたし、ついには「彼氏とデート?」だなんて聞かれてしまう始末。学校の用事もないし、サークルの集まりもない。新入生歓迎会と輝気の誕生日、どっちが優先なの?!と聞かれれば、当たり前のように「輝気の誕生日です」と答えるだろう。そのくらい、今年は本気なのだ。付き合って半年、いきなり「来週にはもう誕生日かあ」だなんて呟かれて、えっ、誰の?!と会話が流れていく様子は、今年は一切ないのだ。ケーキは予約したし御馳走も作ってあげる。時間だってたっぷりある。・・・まあ、ステーキがないのは勘弁してほしい。牡蠣を用意していないだけいいと思ってほしい・・・。いつも大人びている輝気が、歳相応に瞳を輝かせる様子は、ぜひ見たいものだが、財布が金切声を上げている。私はステーキ関係のことを一切口に出さない事に決めた。
 そして当日。私も輝気も同じ時間まで授業があったので、もうこうなれば輝気の学校に迎えに行ってしまおう、と気合入りまくりの私は背筋を伸ばした。あとから考えてみればこれは大変なことだ。中学校の門の前でソワソワしながらあやしい女のひとが突っ立っている。もう通報されてもおかしくない歳なのだ。自覚を持って行動すべきだ・・・。まあ特に何があったというわけでもないのだけれど! 無駄にウキウキしていた私は、周りの中学生からの視線を気にすることなく見慣れたあの顔を探す。・・・まだ出てこないのだろうか。ソワソワしすぎてトイレが近くなった気がする。勿論、気がするだけだ。ああもう、早くこないかなあ・・・。

「何してるの」
「ワーッ! てってて、輝気くんかー! なんだー! びっくりしたなー!」
「・・・怪しすぎるからね」
「いやあ、偶然だねえ。一緒に帰ろっかぁー」
「へー、一緒に帰りたかったの?」
「もー! 別にそういうんじゃないもん!」
「はいはい」

 学校のアイドル、花沢輝気が謎の女の人(かなり怪しい)と仲睦まじい様子で肩を並べて歩いていた事実は、あっという間に学校内に広がっていったのであった・・・。

「何、急にどうしたの?」
「えっ、いや・・・授業がいい時間で終わったから・・・」
「ふーん」

 輝気はなんだか口元を緩めているようだ。嬉しいくせにー、と肘で突きたくなったが、今日は輝気の気持ちを尊重して(これを後から言ったら、いつも尊重してほしいと言われてしまった)輝気が楽しいと思ってくれるような日にしたい! そこで私は、輝気が持っている紙袋に視線をずらした。

「なあに? それ」
「ああ、これ? みんなから誕生日プレゼント貰ったんだよ」
「すごい量だね。学校のアイドルは違うなあ」
「茶化さない! でも有り難いよ。まあ僕は名前が一番だけどね?」

 この男、完全に私を喜ばせる術を学んでやがる。輝気が歳を重ねるたびに、そうなっていくのかなあと思うと、ちょっと悔しい。輝気は努力というものを徹底的にするようになった。それからというもの、輝気はどんどん成長していって、ついには私を追い越していってしまうのではないかと考えてしまう。きっと輝気と私が話し合ったって、追い越すとか関係ない、という結論になるのだろうが、なんだか寂しい気持ちもある。その反面、大人になっていく輝気を見れるのが嬉しい。身長は伸びるのだろうか、手はもっと大きくなるんだろうか。きっと彼は私を見下ろすくらいになるし、手だってごつごつして皮の厚い男の手をするんだろう。そんな輝気と、いつまでもこうして、毎年彼の誕生日を祝いたいなあと思うのだ。ずっと、ずっと傍にいて、私が輝気の横で力果てるまで、傍にいてほしいのだ。
 細くて長い指に自分のそれを絡めとられる。ぎゅっ、と強く握られた手は、温かくて優しくて、大好きな輝気の熱だった。にこにこ笑って「僕も一歩、名前に近づいたのかなあ」だなんて言う。そんな嬉しそうな横顔になんとも言えない気持ちになって、ぎゅーってしたくなったけれど、肩を寄せるだけにした。輝気との距離がなくなっていく。オレンジの光を背にした輝気は、やっぱり誰よりも輝いていた。
 いつもより手の込んだ料理は、大体某お料理アプリで検索して出てきたものだった。それは勿論輝気だって知っているんだけれど、輝気はにかっと笑って「美味しい!」と言ってくれるのだ。輝気のためにしてあげたいと思っていても、結局輝気に元気貰ってるんじゃ年上失格かな? 歳の差をもどかしく思いつつも壁を無くして接してくれる輝気の気持ちがとても有り難かった。

「じゃーん! チョコケーキです!」
「やったー! 早く食べよう!」

  あれだけ大量に作った色とりどりのおかずを残さずぺろりと平らげて、ケーキまでお腹に入ってしまうなんて。そういう所はやっぱり男の子なんだなあって思う。お皿に取り分けて、にこにこしている輝気が可愛くて、テーブルから身を乗り出した。

「輝気、お誕生日おめでとう」
「わ」

 きめ細かい頬にちゅっと口づけると、瞬く間に赤くなっていく。いつもはそれよりも恥ずかしいことするくせに、なんだか卑怯だ。狡くて愛おしい。

「名前、何するんだよ」
「誕生日プレゼント」
「これだけ?」
「・・・もう!」

 低く響く声でおねだりされれば、してしまう。柔らかくて薄い唇に自分のそれをくっつけた。輝気はただただ私からの口付けを受け入れている。首を傾けて角度を変えると、それに合わせてくれる。もっとしたい・・・なんて思った所で、私の上半身が限界に達した。これ以上腕をついて前のめりになっていられない・・・。私は名残惜しくも唇をそっと離す。一瞬だけ寂しそうな顔をしてから、すぐに柔らかく微笑んだ輝気は「食べよっか」と優しく囁いた。







 ケーキを食べたあとに、お風呂から上がった輝気の髪を乾かしてあげる。いい匂い。輝気の旋毛に鼻を押し付けて匂いを嗅いでみたら、同じ匂いのはずなのに、なんだかすごくきゅんとする。そうすると、腕を引っ張られて私の耳元に口づけられる。唇にキスしてくれない所が、また狡い所だ。なんだかやられたままは悔しくて、私の顔を見てにやついている輝気の憎たらしい唇を奪った。押し付けるようにキスをしたら、そのまま離れてお風呂へ駆け込んだ。・・・ちょっと恥ずかしかったかも。でも、輝気の茫然とした顔は、普段見れない新鮮な顔だった。
 やらかしてしまった感じがしたので、お風呂に入っている間はずっと緊張していた。「お仕置きだよ」だなんて言いながらお風呂に入ってこないだろうかとか考えてドキドキしたり身構えたりしていたけれど、結局来なかったので安心する。お風呂から出ると、待ってましたと言わんばかりに髪を乾かされてそのままベッドに押し倒されてしまった。

「えっ、輝気、早い・・・」
「・・・ずっと我慢してたんだから。今日こそは大人しく僕に抱かれて、ね」

 そんな台詞でさえ大人びて聞こえる。獣のような瞳にロックオンされて、身動きが取れない。電気はつけたまま。これからが本当の誕生日プレゼントになるのかな・・・。綺麗にラッピングした時計が入っているバッグを横目で眺めて、朝にしよう、と諦めた。


***
タイトルは草臥れた愛でよければ様


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