僕の師匠はにこりともしない。営業で笑うことは多いが、大半本当に破顔するまで笑顔になっている所は見たことがない。っていうか想像がつかない。そう思っていたから今僕はとっても驚いている。なぜか。それは、お客さんがきたと思ったら師匠の顔が変わったからだ。こんな顔は見たことない。まるで主人の帰宅を待ちわびていた犬のようだ。
「こんにちは〜。」
いつも通りダラダラとした時間を過ごすかと思っていた僕は師匠の姿を見て唖然とした。携帯を見てソワソワしていたからだ。どういうことだ、隕石でも落ちてくるのか。そう思った時、お客さんがやってきた。
「!」
「やっほー、霊幻くん。お弟子さんもこんにちは。」
「こ、こんにちは・・・。」
どうやら師匠の知り合いらしい女性がやってきた。菓子折りを軽く師匠に預けると、師匠が丁寧にソファへエスコートするものだからまた目を丸くした。僕は師匠の「モブ君、お茶お願い〜!」という言葉でハッとなった。しかしお茶を準備している間、あんなに機嫌のよさそうな言動で僕に指示する師匠にまた疑問を持った。
お茶を持ってお客さんの所へ戻ってみても、やはり師匠は変わらず頬を緩めっぱなしだった。しかしいつもの饒舌はどこへやら。師匠はすっかり普通の男のように思えた。
「商売繁盛してる?」
「はは、まあそれなりに。」
「そっかそっか〜。暇でしょ?ってメールしたの悪かったかな?」
「い、いえ!全然、むしろ嬉しいというか。」
「そっかー!」
なんだこの空間は。まるで自分と師匠を見ているかと思われたが、少し違う。師匠は僕の前で見せるような顔はせず、まるで師匠に相談している時の僕みたいな顔をしていた。似ている・・・?そうか!
「恋してんな、あいつ。」
「エクボ。」
お茶を置いてからその二人から離れ、注意深く見ているとやはり、師匠はおかしい。師匠が言ったことに対して女の人が笑うと、師匠はもっと笑う。やっぱり恋してるんだなあ。僕は二人の邪魔にならないように外へ出ることにした。
「師匠、僕ちょっと出かけてきますね。」
「え、どうした?モブ。」
「いえ、ちょっと・・・」
まずい。理由を考えていなかった。機嫌のいい師匠に変な顔で見つめられて困ってしまった。すると師匠はガッと腕を僕の肩に回し、小声で訴えてきた。
「おいモブ、外出るならたこ焼き買ってこい。金はやるからよ。」
「ど、どうしたんですか、師匠。」
「いや、ちょっと、アレだ・・・。」
何かを言いにくそうにうーんだのあーだのつぶやいている師匠の横にエクボが現れた。
「なるべく長く好きな女と2人きりになりたいんだろ?」
「なっ・・・エクボ、別に、ちがっ!」
「ほ〜?」
エクボと師匠が口論を始めた時、ソファに取り残された女の人がその綺麗で艶やかな唇を動かし、ちょちょいと手招きした。
「あの・・・」
「君が影山くん?どうせ何か買ってこいって言われたんでしょ?」
なんでわかったんだろう・・・。とりあえずお姉さんの隣に座る。お姉さんは師匠に「霊幻くん、影山くんの事教えてよ〜。」と声をかけた。僕を見て師匠は喉が詰まったような顔をしていたけど、どうしたんだろう。
「モブくんは俺の弟子なんですよ。ねっモブくん。」
「え?!は、はい・・・。」
いつもより優しい表情をしながら向かいのソファにドカッと腰掛けた。目が・・・笑ってない・・・。
「ちょっと霊幻くん!中学生相手にそんな言い方したらダメだよ!」
「えっ、す、すいませ・・・。」
「あっほら、影山くんお饅頭食べる?」
女の人は目の前に広げられた美味しそうなお饅頭を綺麗な指で取り、それを僕の口元に持ってきて「あーん」と言った。僕は緊張して師匠のほうも見れなかったけど、悪いことをしてしまった気がする・・・。でも女の人は笑ってるからいいのかな?
「うん!影山くんかわいいね〜」
「わっ」
頭をゆっくり撫でられ、心地よい。つい眠ってしまいそうだ。思わず目を細めたら、また気に入られたのか抱き寄せられてしまった。これは流石にまずい・・・!しかも、なんか、柔らかいのが、当たってる・・・。
「やめてくださいよ佐々木さん。モブが困ってるじゃないですか!ほら、こっちこい。」
「は、はい・・・。」
師匠の目を見た瞬間、僕の身体は氷になってしまうのか!と本気で思った。すごく怖い顔をしていたのでいそいそと移動をした。こ、こわい・・・。「霊幻くん、影山くんに嫉妬かな?」「ちっ、違いますよ!」師匠は佐々木さん?にそう言われて耳まで真っ赤になっていた。師匠の恋はまだ成熟などしていないらしいと今のでわかった。
***
霊幻くんと呼ばれ、敬語でうろたえる師匠がかわいいとおもったんです。
タイトルはエナメルさまから。