枕草子
「こんにちは、花沢くん。」
「あれ、珍しいね。こんな所で会うなんて。」

 平日、町でばったり会った影山くんはいたって元気そうだった。制服姿の影山くんからは黒ばかりが見えるはずなのに、その日はなぜか違う色も見え隠れしていた。影山くんの背中から覗く控えめな瞳とさらさらと風になびく黒髪はイチゲキで僕の心臓をつかんだようで、目をつむっても瞼の裏にはあの子の姿が焼き付いていた。一目惚れなんて小学校の時にばかばかしい恋をしただけで終わっていたので、久しぶりに胸がじりじりと焦げるような感じがどうしようもできなくて、ついに僕は塩中の校門まで来ていた。何をやっているんだろう。なんて言おう。影山くんはまだなのかな。

「あれ、花沢くん。」
「あ、影山く・・・」

 僕は気づかなかったんだ。恋に盲目になりすぎたのだ。影山くんの後ろにぴったりとくっついて離れない彼女の事を。もしかしたら影山くんの彼女だったりするかもしれない。そう考えた瞬間、僕は頭が真っ白になって喉から心臓が逆流しそうな気分になった。あくまで自然に、自然に聞くんだ・・・。

「後ろの子、前もいたよね。彼女?」

 びくっと後ろの女の子が肩を震わせる。影山くんに反応はないみたいだけど、あの子はどうなんだろう。でも、でも・・・。ほんのりと頬を赤らめる後ろの子は、すごく可愛かった。まだ胸がいたい。

「違うよ。同じクラスの子なんだ。」

 同じクラスってだけで二回も平日に並んで一緒にいるのか?僕は青くなりそうな顔をなんとか抑えて、影山くんに耳打ちをした。

「もしかして、これからデート?」
「そういうんじゃないってば。一緒に師匠の所に行くんだよ。」

 師匠?ここでその名前が出てくるのか?僕は影山くんに事情聴取をする形になってしまいそうだ。でもあの子に変な人の烙印を押されるのは嫌だし・・・でも知りたい。あの子のことを、なんでもいいから、知りたいんだ。僕だって声を聴いてみたいし、あの瞳を見つめて、見つめ返されたいし、名前を呼ばれたい。影山くんはずるいよ。「影山くん・・・」名前を呼んだ頃には、彼はいなかった。そしてあの子も。
 そういえば影山くんが「じゃあ行くね」と言ったいたような気もする。ここまで来ておいて、自分で勝手に動揺してあの子の名前を知る機会を逃してしまっただなんて不覚すぎる。ちなみに弟くんなら知っているだろうと思って声をかけようとしたが、睨まれたのでやめておく。そうして僕は諦めて家に帰ってきてしまったのだが、お腹もいっぱいだし十分眠気はあるのに、なんだか身体中がソワソワして仕方がない。僕はきちんとあの子と直接話してみたいんだ。どんな声をしているんだろう。どんな顔で笑うんだろう。瞳を閉じてあの子の事を考えながら眠ったら夢精していた。
 今日も今日とて塩中の校門前に立っていた。独特な雰囲気を持つ超能力者を探す。あわよくば髪の長いあの子の姿が見つかってくれればいいと思いながら塩中の制服姿をちらちらとみる。昨日の事もあってか、塩中の人たちが小声で話しながら僕を見る。二日も連続でくればそうなるんだろう。それでも人間を探す僕の背後から声をかけた人物がいた。

「あの、花沢、輝気?さん・・・?」
「は、はいっ!」

 なんと、僕の後ろ姿を見て、話しかけてきてくれた人物は、そのまるで吐き出しただけで道端に白い花が咲いてしまうような高く、美しい声を出した彼女は、あの、女の子だったのだ!そして初めて名前を呼ばれた。近くに影山くんはいない。その時僕の声が裏返った。恥ずかしい!なんてこと!第一印象はしっかりと掴んでおきたかった。

「影山くん、今日は部活、なんです。」
「・・・え?」

 彼女は小さく微笑みながら僕にそう問いかけた。そうか、僕は影山くんを待っているという口実だった。もっと彼女の笑顔を見たい。いろんな顔が見たい。なぜこんなにも想いが止まらないのだろう。いろんな女の子と笑いあってきたけど、こんなの初めてだ。
 影山くんが部活だということは、僕とこの子は今、ふたりっきりだ。平然とした顔で台詞のように声を出した。

「そっか、それは残念だったね。キミは今からどこにいくの?やっぱり霊幻さんの所?」
「あ、や、違います。霊幻さんの所に行くのは影山くんがいたからです。」
「そうなんだ。じゃあこの後暇なんだ?」
「え、はい。」

 影山くんがいたから?僕はその言葉に激しく嫉妬しつつも、どんな意味かもわからないのに嫉妬するのはよくないと思っていた。そして奢るからという理由をこじつけて彼女をデートに誘った。彼女は口角を少しあげて了承してくれた。無理矢理僕に笑ってくれているのかもしれない。それでも僕は嬉しくって正直舞い上がっていた。彼女がゆっくり歩くのに合わせる幸せをかみしめながら話をする。彼女は佐々木純と言うらしい。友達がそんなにいないらしく、影山くんは仲良くしてくれるらしい。とても感謝していると笑顔で言っていた。一先ず彼女の横に並んだ。純ちゃんと僕が呼んだ時は、顔を思い切り赤くして目を大きく開かせていた。つくづく僕は彼女に溺れてしまう。

「て、・・・は、花沢くんは、何か、部活とかやってるの?」

 僕は口をすぼめた純ちゃんを見てしまった。僕の、花沢輝気という名の後半を口に出そうとしていてくれて、僕は大きく笑ってしまった。とても、とても幸せな気持ちになったからだ。

「ねえ、輝気くんって呼んでよ!」
「ええっ?!いや、あの、は、はずかし・・・」
「ずるいよ、僕にばかり名前を呼ばせるなんて。」

 確信犯だなんてわかっていた。それでも僕は照れ屋な純ちゃんがこうすれば名前を呼んでくれるってわかってた。わかっていても、僕の名前をもう一度呼んで欲しかった。

「て、てっ、て、てる、輝気、くん。」
「・・・うん。なに?」

 僕の目を見て僕の名前を赤面しながら呼ぶ純ちゃんは、やっぱり僕の心臓を撃ち抜いていた。僕はこうして彼女に踊らされるのが大好きらしい。


***
続きたい。タイトルは適当です。
(2016/10/20:修正)



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