きらきらが弾けて、そして
 花のバレンタインデー。この日のために全力で用意してきた子たちはこの黒酢中に山ほど存在する。なんと言ってもあの花沢輝気くんにチョコレートをプレゼントするためだし、あわよくば・・・という子も少なくないだろう。私も勿論その中の一人である。花沢くんには良くしてもらってるし、家も近いから下校中はよく出会う。私が話しかけられずにいると花沢くんはそんな私のことを分かっているのか「やあ。佐々木さんもこっちなの?」と話しかけてくれる。その後はなんだかんだで一緒に帰ることになるのだが、そこからだって進展なんてないし、私は花沢くんのクラスメイト以上にはなれないであろう。それでもやっぱり見向きもされないのはちょっとイヤだし、花沢くんのこと好きだから、気持ちを伝えたい。今日は前髪だってバッチリだしちょっとだけメイクもしちゃった。学校にメイクをしていくのは初めてだが、そんな子は今日沢山いるだろう。バッグを大事に抱いてるんるんと弾けるような足取りで学校へ向かう。いい天気だ。

「な、ない・・・」
「嘘でしょ?あんたもしかして、家に忘れて来たの?!」
「うう・・・」
「・・・あ、明日でも大丈夫じゃない?!要は気持ちが大事なんだよ」
「明日は塾だよ・・・花沢くんに会ってたら間に合わない・・・」
「アンタってそういうとこだけ真面目よね」
「なによ!全部真面目だもん!」

 しかしまあ、こんなことがあるのだろうか。かなりショック、精神的にくる。花沢くんのために作ったチョコレートを当日忘れてしまうだなんて・・・。それも学校から家までは歩いて二十分・・・。往復で四十分かかる道は今からでは遅いだろう。一限開始まで五分を切った。もう無理だ、と諦めていたが、ふとクラスの後ろのほうに居るはずの人が居ないことに気がついた。

「あれ、花沢くんは?」
「朝から告白されちゃってたりしてー」
「えっ」
「・・・ば、ばかじゃない?!冗談よ冗談!・・・ねえ?」

 花沢くんの事だから冗談で終わらなさそうなのだが、それはどうでもいい。いや本当はどうでもよくないのだが・・・。花沢くんは真面目だし授業に遅れたりはしない。ましてや女の子から貰うであろうものを予想しても休むはずがなかった。とりあえず気持ちだけ貰っておくのが花沢くんのいつものやり口であるからだ。そして授業開始一分になった所で先生と一緒に教室になだれ込んできた。大量の紙袋を両手に持ち、先生にも持ってもらっている。その姿にあんぐり、と開いた口が塞がらない。昨年だってこんなに多くはなかったはず。せめて紙袋一つ、二つほどで収まっていただろう。「ま、まだセーフ、かな?」静かな教室の中で一言そう言いながら自分の席に座った。「やだー」「花沢くん大変そう」「まだセーフだよ」だなんて声がぽつぽつと浮かんできては、教室はいつも通りの賑やかさに戻っていた。
 授業の合間、十分休みになると男子達は花沢くんの元に駆け寄っていった。

「うわ、すげえな!テルくんこれどのくらいあるの?」
「うーん・・・よくわかんないかな」

 すごい、すごい、と口を揃えて言う男子達と、どこかつまらなさそうに微笑む花沢くんは、やはり世界が違うのだと感じた。じっくり見ていると、ふと花沢くんと目が合って私は咄嗟に逸らしてしまった。イヤなオンナだと思われたかな・・・深いため息をついて机の中から教科書を取り出そうとした時だった。

「やあ、佐々木さん」
「花沢くん。大変そうだね」

 囲んでいた男子達をどうやって巻いたかは知らないが、私の机の横には花沢くんが立っていた。

「まあ、そうでもないよ。・・・所で佐々木さんは誰かにチョコ、あげるの?」
「え?!えっと、いや、うん・・・まあ・・・」

 まさか、花沢くん本人の目の前で、貴方に渡す予定でしたが忘れてきてしまいました。だなんて言えるわけがない。恥ずかしいにも程がある。しかし、花沢くんには嘘なんてつけないのでとりあえず適当に頷いてみせると、花沢くんは急につまらなさそうな顔をして「ふーん」とだけ言った。何か気に障るようなことを言っただろうか。

「本命?」
「えっ、な、なんでわかるの?!」
「あ、本命なんだぁ」
「・・・」

 花沢くんはにこにこした顔で「付き合えるといいね」だなんて言った。いや花沢くんなんだけどね・・・。それを言うのはやっぱり恥ずかしくて、自分の席に戻る花沢くんの後ろ姿を眺めていた。
 それからというもの、花沢くんはどこかうわの空といったような様子で、頬付ついてぼーっと宙を眺めていたりしていた。それを見ていた私はどこかで「やっぱり花沢くんは私たちとはどこか違う所にいる」と思っていた。いや、今までだってそうだ。花沢くんはクラスで一際輝いているのに静かで、本人はありがとうだなんて言っていてもやっぱり面白くなさそうで、どうやったら本当の笑顔を見せてくれるんだろうとか考え込んでは、やっぱり花沢くんはどこか違う所に生きているのかもしれないなんて思っていたのだ。・・・なんだか私までアンニュイになってしまった。何せバレンタイン当日にチョコを忘れてきてしまったのだから。
 溜め息ばかりついていたら、いつの間にやら放課後で、花沢くんはいろんな女の子に声をかけられていた。やっぱり有名人は忙しいんだなあなんて思いながら、諦めていたのだ。花沢くんはまだ学校にいて、私はもうとっくに自宅の近所まできていた。本当は私も花沢くんと離れずにずっと一緒にいて、花沢くんの一番になって、花沢くんの隣で笑って好きって伝えたかった。なんだか涙が出てきたけれど、家までがまん、がまん。そう思いながら片目を擦った。するとぐいっ!と後ろに体重が傾き、腕を引かれたと分かった瞬間、私の瞬発力を最大限出して後ろを振り向いた。すると花沢くんが、花沢くんがいたのだ。息を切らして私の腕を掴んでいた。えっ、なに、なに、と狼狽えているうちに正面を向かされて両肩を拘束される。

「なんで泣いてるんだい?!」
「えっ・・・」
「もしかして、そんな・・・誰に振られたんだ!言ってみてよ!君を傷つける人なんて、僕は許さないぞ・・・」
「え、いや、待っ」
「君に好きな人がいるなら、諦めようと思ってた。けど、佐々木さんを傷つけるヤツに、僕は負けたくないよ!」
「え、え、何、」

 さっきから、何を言っているんだ。怒っているような、焦っているような、少しだけいつもと違う顔で私の肩をぎゅっと掴む花沢くんにとりあえず落ち着こうと言おうとした。が・・・肩の腕を腰に回されて、気付いたら花沢くんの肩口に頭を押し付けられていた。

「好きだよ。僕じゃ、ダメ・・・かな」
「・・・!」

 今、なんて言った・・・?今の言葉が間違いでなければ、そんな、そんな幸せなことが、存在してよいのだろうか。私は花沢くんの緩まった腕の中で少し離れて顔を見た。それは女の子慣れしているとは到底思えないような表情であった。耳まで真っ赤に染まり、今にも泣きそうな瞳と苦しそうに一文字に閉められた薄い唇。その真っ直ぐすぎる瞳に、冗談とかではないと感じることができたけれど・・・

「僕のこと好きじゃなくても、僕のことどう思っていたっていい。君のこと、守りたいんだ」
「へ、っあ、あの、は、花沢く、」
「だからその、君のこと傷つける人は許せないんだ」
「あの・・・」
「・・・返事はまた今度でいいよ。できるだけ、待つ。だから、少しでも考えてくれると、嬉しいかな・・・」

 そう言って自己解決し、去っていきそうな花沢くんの後ろ姿を引き止めた。これが現実ならば、ここで終わらせてはダメなのだ。私は「ちょっとそこで待ってて!」と彼に言うと、ダッシュで自宅まで走った。ここからなら自宅まで一分も掛からない。すぐに家について冷蔵庫の中にあるチョコレートを取り出した。また花沢くんの元に戻ると、本当に彼は待っていてくれた。そして私の手の中にある物に気がつくと、目を丸くしてそれを眺めていた。

「わ、私の、本命はっ・・・花沢くんです!」
「・・・ええっ?!」
「今日、チョコ忘れちゃって、花沢くんに渡せなくて、なんだか悔しくて泣いちゃったの・・・私は花沢くんが好き!私に笑いかねてくれるところも、みんなに優しいところも、全部好きなの!」
「待って、えっ・・・佐々木さんも、僕のこと、好き?」
「うん・・・好き」

 花沢くんと視線が絡み合い、世界に二人だけみたいな錯覚。たった数秒だったけれど、私には何時間にも感じた。花沢くんはぎゅうっと私を抱きしめた。花沢くんに抱きしめてもらえるなんて、嬉しい、けれど、すごく、恥ずかしい・・・。けれど、ばくばくとうるさい心臓は、私だけではないみたい。

「じゃあ、僕達付き合えるってこと?」
「うん・・・」
「・・・今、付き合ってる、ね?!」
「う、うん」
「ははっ、なんだか夢みたいだよ」

 子どもみたいにはしゃぐ花沢くんの項を撫でていたら、気がすんだのか私から離れた。ちょっと寂しいような気がしたけれど、その後すぐに熱い手を繋いでくれた。近くの公園で私のチョコを食べてくれて、美味しいって言ってくれて、本当に夢見たい。これからも、いろんな花沢くんを知っていきたい。花沢くんとの恋の始まりでした。



モブサイバレンタイン企画に投稿したものです。13日の23時29分まで募集しています。奮ってご参加くださいませ。



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