ふたりのきっかけ
 まさか雨が降っているとは思っていなかった。降水確率はまあそれなりにあったようだが、まあ大丈夫だろうという甘い自分を殴りたい。割と強めで降り注ぐ雨がコンクリートの色を変える。私はため息をついて鼠色の空を眺めた。一歩踏み出すと制服が色を変える。まあ早歩きで歩けばなんとかなる。私は凍える足を目一杯動かした。「佐々木さん。」後ろからクラスメイトの声がする。同じクラスの影山くんだ。少し陰気なイメージであったが、私の存在が地味故、影山くんには密かな親近感を抱いていた。そんな事も知らないだろう影山くんはその色の薄い唇を開いた。

「僕も傘忘れたんです。」
「そうなんだ。」

 へえ、そうなんだ。とてもそれ以上会話を広げるなどといった難易度の高い技術は身に着けていない。影山くんはただ呟いただけだったのだろか。ただそれだけだったのなら私がその先に運良く居ただけで、もしかしたら私には言っていないのかもしれない。

「佐々木さん、一緒に帰る?」
「え?」

 不思議な部活と関わりがあったりする影山くんの噂は奇妙なものだった。やはり不思議な人だ。一人で濡れて帰るのは寂しいのだろうか?しかし、影山くんとお喋りしながら濡れて帰るのは少し抵抗がある。それはつまりゆっくり歩くということだからだ。とその瞬間、影山くんにそっと腕を引かれた。一気に雨の中に入り、少し動揺する。しかし、身体に降りかかる雨粒が制服にシミを作ることはなかった。

「え・・・?」
「これで濡れないよ。」

 影山くんが指差した先には、何もないのに雨が弾かれて下に落ちていくものがあった。その景色に、思わず絶句した。

「僕、超能力者なんだ。」
「これも、影山くんがやってるの?」
「うん。最近コツを掴んだんだ。」
「へえ・・・」

 きれい。思わず口をついた言葉は、素直に影山くんへと伝わった。影山くんは驚いて目を丸くしていた。表情の上下がない影山くんでもこんな顔をするんだなあ。私はそんな影山くんに少しだけ心を許されているような気がして微笑んだ。それからもう一度頭上を見上げると、未だ雨粒が零れ落ちていた。鼠色の中、それはきらきら丸く輝き、重力に負けて落ちてゆく。その儚さに目を奪われていた。影山くんはいつもこんな世界を見ているのだろうか。超能力というものは思った以上に透明で美しい。それが影山くんだからか、そうではないのかは分からない。

「よかった・・・。」
「え?」

 二人揃って歩き出すと、影山くんは息を吐いた。白く湯気のようなものが唇を赤く、鼻を桃色に染めた。ほっとしているらしい。影山くんは顔に出さないけれど、きっと超能力が使えますなんて言って引かれたりしたのだろう。しかし、私はこんな美しいものを見せてくれた影山くんに偏見を持つつもりはない。影山くんの心は透明なのだ。なんだかじんわりと優しい気持ちになった。

「こんなの見せて、引かれると思ったし。」
「綺麗だし、なんだか落ち着くな。そんな事思ったりしないよ。」

 寒かった指先が少しづつ暖まっていく。こんな可笑しい事があるのだろうか。もしかしてこれも影山くんの超能力?それが超能力ではないとはわかっていたが、ここまで今起こっている事を素直に受け入れられる自分はよくわからなかった。

「・・・そっか。」

 少しだけ口角を上げて、気づけない程度に微笑んだ影山くんを見て、とても心が安らいだ。なんて素敵な人なのだろう。なぜもっと早くに影山くんと言葉を交わさなかったのか。それはきっと、影山くんに話しかけたかったからだ。そこまで遠慮することもなかろうに、なぜか影山くんに話しかけようとすると、全身が硬直したかのように動かない。それが今はどうだろうか?嬉しい、心地よい、伝えたい、暖かい。全てが優しい気持ちだった。嗚呼、私は影山くんと一緒にいると、幸せなのだ。

「私、影山くんといると、幸せだなあ。」
「っぼ、ぼくも・・・。」
「か、影山くんっ!ほっぺたが、赤いよ!」
「さ、佐々木さんも、あ、赤いよ。」
「え。」

 そうか、どうりで暖かいと思った。影山くんは熱があるのかな?それとも超能力は、長い時間使っていると疲れてしまうのかな?そのどちらでもないらしい影山くんは、頬を赤く染めたまま先ほどよりも幸せそうな顔で微笑んだ。私もそれを見て微笑んだ。いま、とっても幸せ。



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