あなたがいちばん
 「好きです。・・・僕と、付き合ってくれないかな。」と言われた時は罰ゲームかと思って信じられなかったし、そっちもその気ならと「いいですよ。」と言ってしまったけれど、その後見せたテル先輩のぱっと明るくなった顔とか交換したアドレスとかが本当なのかなと思わせていたが、どうやらテル先輩は本気だったみたいだ。だって数ヶ月経った今でも毎晩就寝前の通話で「好きだよ。」と甘い声で囁かれるし、デートだって行くしテル先輩は「純ちゃんが喜んでくれてよかったよ。」なんて可愛らしい笑顔で私に微笑みかけて自分が大好きなステーキを放ったらかしにするし、テル先輩は相当私のことが好きなんだと思う。日が経つにつれて私もテル先輩に惹かれていくし、だから素直になれないことが苦しくて堪らない。テル先輩は「好き」と何度も言ってくれるのに、私は照れてばかりで頷く事くらいしかできないのだ。こんなんじゃテル先輩に嫌われちゃう。だってまだキスだってしてないもの。
 テル先輩は私の手をさらっと掴んで指を絡めた。そんな一つ一つに「慣れてるんだなあ。」と思わされるし、その分「私ってダルいヤツだなあ。」とも思う。今日はテル先輩の家で所謂「おうちデート」だ。そりゃもう昨日の夜から心臓はバックバクだし服選びに悩んだ挙句、ついには店に行って普段買わないようなふわふわしたスカートとかキラキラしたイヤリングとか買ってしまって、どれだけ浮かれているんだテル先輩はこういうこと慣れてるのかなとか頭の中でもんもんと考えながら眠りについた。お陰で目の下には立派な隈ができていた。急いで下地を塗ってコンシーラーで隈を消した。赤リップでも誤魔化せるらしく、 なんとか上手い具合に隠すことに成功した。下着も可愛いものを選んだつもりだ。いや下着に真剣になるのは脱がされるかもとか思ってるわけではなくて、なんかそこまで考えないとどこかに不備があるようで気になってしまうからだ。テル先輩のアパートの前についた時、本当にテル先輩の家に来たんだ!と思ってしまって今まで冷静に頭を冷やしていたものがぶっ飛んで緊張で汗がダラダラと出てくるみたいだった。前にも聞いたけれど少し事情があって一人暮らしをしているみたいだから部屋に入った瞬間、私達は二人きりになる。パタン、ガチャと鍵を閉める音が最後に聞こえた。私はぎこちなく立ち止まったままテル先輩の家を見回した。変な置物がたくさん置いてあって思わず笑いが溢れた。テル先輩って意外とおちゃめなのかな。

「今お茶出すからそこらへんに座ってて。」
「は、はい。」

 真っ白の頭で何も考えずに座った先がベッドだと気づいた時、私の緊張はピークに達した。なんでベッドに座ってるの私!椅子あるじゃん!これじゃあ期待してるみたいだよ・・・!しかし椅子に座り直すのもなんだか可笑しいと感じ、同時に脚が動かず汗をかきながらバッグを握りしめた。

「大丈夫?ほら、お茶飲んで落ち着いて。」
「あ、ありがとうござ・・・あっ!」

 手から綺麗にするっと抜けて落ちるグラスはガシャンと音が鳴ることなく浮いていた。ええっ?!な、なにが起きてるの・・・。

「ふう、危なかった・・・。」
「て、テル先輩・・・これっ、て・・・?」
「・・・ごめん。言ってなかったよね。僕、超能力者なんだ。」

 いやいやいや、いきなり超能力者って言われても・・・と考えて目の前の零れるはずだった麦茶がテル先輩の手元に戻っていくのを見て素直に感動した。思わず「おお・・・」と感嘆の声を漏らした。いや、純粋にすごい。もう私は難しい事は考えられなかった。

「テル先輩すごいですね。どうして黙ってたんですか?」
「・・・こんなの見せて君が怖がらないか不安だったんだ。隠してるつもりではなかったけど、言わなかったのはごめんね。」

 テル先輩はそういいながら私の隣に腰掛けたので、ベッドが上下に動く。それに緊張しつつ、テル先輩にむっとなっていた私が口を開いた。

「私がテル先輩のこと怖がるわけありません。だってテル先輩は私のこと傷つけないから。」
「純ちゃん・・・。」

 この言葉が本心だとどうすれば伝わるのか、考えながら私はテル先輩の瞳を見た。伝わって欲しい。私がテル先輩のことすごく大事だと思ってることも。ずっとずっと好きだということも。テル先輩の優しい瞳を見て私は思わず察し、お茶の入ったコップを近くのテーブルに置いた。優しく手を引き寄せられて抱きしめられる。最初は優しく、どんどん強く。ぎゅっと力強いテル先輩の男らしさとか温もりとか、シャンプーの匂いを感じて心臓は思い切り波打つ。抱きしめられたことはあってもキスはまだ。そう思いながらテル先輩の背中に腕を回すと、更に力が込められた。耳元でテル先輩が「純ちゃん、すごく好きだよ。」と言った。その言葉の熱っぽさにいつもドキドキしてしまう。私はやっぱり何も言えなくて、こくんと頷くだけだった。もうこれ以上埋まらないってくらいに私とテル先輩の間には何もなくなった。テル先輩のドキドキと脈打つ心臓の音が身体を伝わって感じるように、私の心臓の音もきっとテル先輩に伝わっている。甘くて切ないこの時間に、「テル先輩が好き」という感情が胸から溢れて零れだしそうなくらいだ。溢れ出すのが勿体なくてなんとか身体に押し込めて、だから喉まで苦しいのかな。今私の身体中はテル先輩に毒されている。テル先輩はゆっくり力を抜いて、私の肩を掴んだ。ゆっくり私の方を見たテル先輩の熱い視線と絡み合う。心臓がバクバクと動きを増すのが切なくて、でも幸せだ。

「・・・っ、キス、していい、かな・・・?」

 まるで息を吐き出すのも難しいというような顔でその言葉を私に吹きかけた。私の肩を掴むテル先輩の手が汗ばむ。私は喉を鳴らして頷いた。長い睫毛の影がテル先輩の柔らかくて白い頬にかかっている。私はそれを見て思わず唇を左右に引っ張ったみたいに張ってしまった。甘さの欠片もないファーストキスは自分の可愛くないところを再度実感させられた。けれどテル先輩は笑って「可愛い。」と言うのだ。私はもう益々テル先輩がわからなくなった。私達の距離はゼロ距離だというのに、テル先輩は私の腰を引き寄せて指を絡ませてキスをした。柔らかくて気持ちいいキス。まるでどろどろに甘やかされてるみたい。旋毛から爪先まで愛しさが電流みたいに伝わってもっとテル先輩にキスして欲しくなった。なんて、はしたない女だよね。同時にテル先輩は慣れているんだなあとまた感じた。切なくて、でも今までにない女になってやると思ってしまって、私ははしたない女になった。テル先輩の背中をぐいっと引き寄せて私の上に乗せる。やっぱり今までこんな女はいなかったのか、テル先輩は驚いたように目を丸くして唾液を口の端から垂らして上から私を見下ろした。

「大胆だね。そんなことされたら、どうしちゃうかわかんないよ。」
「うん。テル先輩のキス好きだから、もっとして欲しいの・・・。」

 テル先輩は私の言葉を聞き入れると、怒ったみたいな顔だけど優しい顔をして息を吸い込んだ。その「はあっ」という音になんだか色っぽさを感じたし、何よりその後の放たれた獅子みたいな余裕がないみたいな顔にキュンと胸が締め付けられた。同時にテル先輩が好きと胸の奥から叫びたくなった。熱っぽいキスの合間に頭を撫でられて「純・・・輝気って呼んで・・・」と言われてもうどうすればいいのかなんてわからない。言われたとおりにしかできない。とにかく今はテル先輩のキスが欲しかった。テル先輩の熱を感じたかった。私が「輝気・・・」と出したその声は思ってたよりも切なそうで女らしい声で本当に恥ずかしくなった。でもテル先輩に呼び捨てで呼ばれて、もうこれ以上ドキドキしたら、本当にしんじゃう!
 ちゅ、と音が鳴ったり、時には鳴らなかったり。とにかく飽きるまで唇を合わせて、舌を絡ませた。途中、端から漏れ出る熱い吐息が鼻にかかったりして私とテル先輩の距離をもっともっと無くすみたいに抱き合ったままキスした。テル先輩の少し細くて、でも男らしい脚と私のスカートから覗く弱そうな脚が捻れるみたいに絡み合う。テル先輩の汗が首を流れた。食べられるみたいに唇を食んで離されて、なんだかそれにおかしくなってお互いに笑い合う。心から幸福感に溢れてもう何もいらない。そう思っているのにやっぱり欲しい。テル先輩ともっとキスしたい。微笑んだままキスをされて思わずこちらも笑ってしまう。舌同士がくるくる絡み合ったり、舌を吸われたり唇を食まれたり。テル先輩の枕が自分の足の指に当たるのを感じた。ちゅっと音がしてテル先輩の唇が離れる。背中を抱えられてそのまま身体を起こされ、テル先輩の枕に二人で飛び込んだ。

「好、き。輝気・・・好き。」
「!」

 テル先輩は私の振り絞ってやっと言葉になった告白に目を丸くした。そりゃそうだろうなあ。今まで言えなかったんだから。テル先輩はぱっと花が咲いたみたいに笑って私を腕で脚で全身で引き寄せた。テル先輩の体温と、最高に高まっている幸福感で眠気が襲う。私の首筋に顔を埋めて「好き。好き。」と一つ一つ確認するみたいに言うテル先輩の頭を撫でて瞼を閉じた。

 目を開けると窓から見えている光はオレンジ色になっていた。目の前にはすぅすぅと寝息をたてて寝ているテル先輩がいる。その無防備な姿に思わず笑いがこぼれるが、少し服が張り付く程度に汗をかいた私はとにかく顔がどうなってるのか気になる。メイクしたからマスカラとかパンダになってたらどうしよう。テル先輩も寝ていることだし、一緒にいたいけど私のバッグまで向かおうと背を向けた。すると腕を掴まれて引き寄せられる。「んー」と唸っているところを見ると無意識のようだ。無意識でもテル先輩に引き寄せられて、後ろから抱きしめられてドキドキするにきまっている。テル先輩の腕を優しく下ろしてバッグの鏡を見た。うーん、ちょっと落ちてきてる。その時ガサ、と布団の擦れる音がした。後ろを振り向くと目を覚ましているテル先輩が時計を確認していた。

「もうこんな時間か・・・お腹すいたね。」
「うん。」

 いや、本当はお腹なんてすいていない。寝起きだしまずその前に幸福感でお腹がいっぱいだ。テル先輩は冷蔵庫を開いて簡単に作ってくれるみたいだ。私は腕をまくって手を洗った。「手伝います。」「はは、新婚さんみたいだね。」こんなちょっとの会話でもどきってしたりするからテル先輩はすごい。私はちょっと悔しくてテル先輩の肩に頭を乗せて寄り添った。テル先輩は微笑んで私の肩を掴んで軽いキスをした。悔しいけど叶わない。テル先輩と私の経験値は天と地並に違うんだから。
 そうして簡単に出来上がったお夕飯はご飯が炊きあがる頃にはすっかり冷め始めていた。お湯でできるハンバーグにちょっと頑張った卵焼き。白いご飯を私が盛ってテル先輩が机へ置いた。たったそれだけの庶民的で地味な夕食だったけれど、すごく美味しく感じて、私は意味もなくテル先輩に微笑んでしまった。ちょっと恥ずかしくなったけどテル先輩は微笑み返してくれたからちょっと嬉しかった。ご飯を食べて「そろそろ帰ります。」と言うと「あーあ、帰したくないなあ。」と言うテル先輩にずっと一緒にいたいです、と言いたくなった。言えなかったのはまだドキドキしてあまり上手に言葉にできないから。その代わりに、テル先輩の胸に飛び込んで唇に軽くキスをした。「さようなら。楽しかったです。」と言い、玄関で揃っていたヒールを足に引っ掛けてテル先輩の部屋のドアノブに手をかけて外に出た。テル先輩はぼーっとしたまま突っ立っていたが、何かを思い立ったようにして家の奥に行き、カーディガンを持ってきた。

「もう夜は寒いから、それ着て帰って。それ返しにまた来なよ。待ってるから。」

 ぶかぶかのカーディガンに腕を通した私を見て、テル先輩は優しく抱きしめてくれた。それに次会う口実まで。こんなに明日が楽しみなのは初めてだ。「暗いのに送れなくてゴメン。もうこれ以上一緒にいたら寂しくなっちゃうから。」そう呟いて私を開放すると、一緒に玄関の外へ出た。部屋のドアに寄りかかって私の背中が見えなくなるまで手をふってくれたテル先輩の声がもう聞きたくなってる。この恋愛はいつか終わるものじゃなくて、ずっとずっと続く恋愛にしたい。きっと私はテル先輩から離れない。そう感じた。



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