バタフライと少女

「なめてんのかクソアマ!」
「売っぱらって金にすんぞ!」

「・・・ん?」


耳に入ってきたのは、神室町は珍しくない喧嘩途中の声だった。
しかしどうやら相手は女のようで、様子を見ようとしたのだが、何か様子がおかしい。
速足で路地の目立たない所に行けば、男6人に対して女一人の状況。しかもそのうちの男3人は倒れている。一体どういうことだろうか、まさかあのひ弱そうな女が倒したというのか。

「弱いのにでっかい口叩いてんじゃないよ!かかってこい」
「ふざけんな!」

あ、と声が出そうになると、それは一瞬で起きた。鈍く聞きなれた音が聞こえ、あっという間に残りの3人は倒されていた。
・・・本当にあんなちっちゃい女が今殴ったのか・・・。自分よりも遥かに小さく、しかしどこか凛としている女だった。

「・・・す、スイマセンでした!許してくださ・・・」

無言でその男の顔を殴る女を見て、桐生は昔の自分を思い出すようだった。
顔や綺麗な髪に血を付けた女は、やがて桐生の方に目線だけを向けた。

「何」
「・・・いや、」

仏頂面の女からは酒の匂いがした。その顔は、どこか昔面倒を見たアイツに似ていた。
女は目の前に立ち、その小柄な身で桐生を睨み付けた。

「アンタ、桐生一馬でしょ。」
「なんだ、俺の事知ってるのか。」
「嫌でも耳に入ってくるんだよ。」
「・・・何者だ」

桐生がそう問いかけると、女は鼻で笑ってから答えた。

「堂島。」
「何?」
「堂島だよ。いつも兄が世話になってます。」

まるで不釣合いな敬語は、すがすがしいほど桐生の耳に入り、そして耳を疑った。
堂島。兄。大吾の妹か・・・?

「ほら、わかんだろ?堂島大吾だよ。東城会六代目の。」
「あ、ああ・・・。本当に大吾の妹か?」
「そうだよ。ちょっと似てるだろ。」

すんなりと心地よいくらいの男言葉を話すその妹とやらは、桐生の胸を突然押した。
予想以上の強い力に、一瞬でもよろける。

「何すんだ」
「なあ桐生、喧嘩しよう。」
「は?ふざけるな。女に手出しできるか。」
「強いだろ?ねえ、喧嘩しようよ。」

まるでその様子は真島吾郎のようにうずうずとしているようで、厄介な家庭で育ったことが目に見えた。
どうしても喧嘩がしたいようで、しつこく桐生の周りをうろつく。顔に、髪に血をつけて、酒の匂いを漂わせて、とんだ不良女だ。
確かに大吾もこのくらいの歳の頃はやんちゃをしていた。昔話を思い出していると「何考えてんだよ」と避けるのも難しい拳が桐生目がけて飛んでくる。
それをギリギリで避けると、女は微笑んだ。しまった、スイッチを押してしまったようだ。

「ねえねえ、もっとやろうよ。焦らすなよオイ。」
「ったく、大吾呼ぶぞ。」
「は?ふざけんな。そんな事したら桐生と戦えないだろ。」

あらかた東城会から逃げてきたんだろう。大吾の名を出しただけでとても嫌がっている。
すると突如、大通りの方から騒がしい声が聞こえ、一人のヤクザが駆けつけてきたと思いきや、ヤクザは大量に増えた。

「姐さん、また喧嘩ですか?勘弁してくださいよ、怒られるのは俺なんですから・・・。」
「うるさいな。いいだろ私が喧嘩したって。」
「よくないんですよ!とにかく帰りましょう!」
「まだ桐生と戦ってないから帰れない。」
「き、きりゅう??」

ヤクザは一斉に俺の方を向くと、どうやらヤクザたちはただの構成員ではないらしく「四代目!」と声を出して頭を下げた。

「よせ、やめろ。もう俺は極道者なんかじゃねえ。」
「姐さんは世話かけました!」
「子どもじゃねえんだぞ!世話なんかかけてねえし・・・。」

むっとする女には、少しは女っ気があるようだった。頬を膨らませて目を逸らす女は桐生に迷惑をかけたという自覚はあるらしい。

「こいつが勝手に喧嘩してるとこに表れたんだよ。」
「だからって姐さん・・・。」
「黙れ黙れ!・・・もういい、今日は帰る。」
「ありがとうございます、姐さん。」

渋々、といった様子でトボトボ歩く女は、黒塗りの高級車の扉を開いた時、振り向いて桐生を見た。

「なあ、桐生も来いよ!兄ちゃんにサシで怒られるのやなんだよね。」
「姐さん!いい加減に・・・」
「フッ、まあいいだろう。乗せてくれよ。」
「よっしゃ!いいだろ?山田。」
「・・・今回だけですよ!」

なんだ、笑った顔はきちんと女じゃねえか。と笑みをこぼす桐生だった。











「妹がお世話になりました・・・。」

深く頭を下げ、一緒に妹の頭も下げる大吾は、立派な兄貴だった。
頭を下げさせる大吾の手を抜けて、革のソファ堂々と腰を下ろす女は、とても機嫌が悪そうだった。

「すいません、どうも出来の悪い妹でして・・・。」
「うるせえ!ハーゲ。」
「どこがハゲてんだ!チビ!」
「はぁ?!どこがチビなんだよ!」
「どっからどう見てもチビだろ!チビ!世話かけんじゃねえ!」
「いてっ」
「おい大吾・・・。」

ゴン、と音がして、大吾はグーを女の頭にお見舞いした。いくらなんでもそれくらいにした方がいいんじゃねえか?

「こんなんじゃ足りないくらいなんですよ。このバカ、言うこと聞かなくて。」
「何がバカだ。バーカアーホ。」
「二人ともいい加減にしろ。」
「すいません、桐生さん・・・。」
「ふん・・・。」

二人は相当仲が悪いらしく、二人は顔を合わせない。

「なあ、桐生は今沖縄なんだろ?楽しい?」
「桐生"さん"だろ!言葉も直せって言っただろ!」
「うるっせえなあ。そんなだからハゲるんだろ。」
「おい。」

桐生が声を上げると、二人は静かになった。
桐生はため息をついてから女に問いかけた。

「沖縄は楽しいぞ。海もあるしな。」
「海?!すっげ、しばらく行ってねえや!」
「だいこ、言葉づか」
「フン。」

桐生はまたやれやれと頭を振り、大吾たちに話を振った。

「お前、だいこっていうのか。」
「だいこ、名前はちゃんと名乗れ。」
「名乗った。堂島って。」
「名前もだ!」
「まあいい大吾。」

堂島だいこ。なぜかその名前には、ほのかに不釣合いな女らしさが感じられた。

「・・・真島のとこ行ってくる。」
「真島"さん"だろ!」
「この間マジマサンって言ったら気持ち悪いって言われた。」
「あの人は・・・。だいこ、金あんのか?」
「あるよ、やめろってあるよ。」
「どうせカツアゲした金だろう。持っていきなさい。」
「・・・・・。いらねーよ。」
「・・・。ま、まさか、だいこお前・・・、俺は水商売するなって言ってるはずだぞ!」
「は?!やんねーよ!闘技場だよ!」
「お前闘技場に出てんのか?!ふざけんな、やめて来い!」
「やだね!」

ついに大吾とだいこの鬼ごっこが始まった。部屋を飛び回るすばしっこいだいこをなんとか捕まえようとするが、だいこはついに扉から出ていく。
去り際に大きな声で「じゃあな桐生!」と叫ぶと、それ以来音は消えた。大吾はため息をついて椅子に座った。

「元々あんな感じなのか?」
「ええ、小さい頃から俺と張り合って、母に怒られて、大変でした。」

笑いながら話をする大吾は、どこか楽しそうで桐生もつられて笑った。
「まるで昔の大吾だな」というと「やめてくださいよ・・・」と言われた。

「最近は静かになったかと思ったんですが・・・・。」
「どうした。・・・何かあったのか。」
「いえ・・・。だいこは、東都大病院の事件以来、元気に拍車がかかったというか、ヤケになっているというか・・・。」
「・・・・。」
「峯がいなくなったのが、相当辛かったんでしょう。俺も支えてやればいいんですが、つい喧嘩になっちまって・・・。」

深刻な顔で語る大吾から、だいこもいろいろあったのだということが感じられる。
きっと峯といた時は、今よりも美しい顔で笑うのだろう。頼りになってやれればいいのだが・・・。

「きっとこれからも、あいつは桐生さんの前に度々現れるとは思いますが、どうか面倒見てやってください。」
「ああ、そのつもりだ。」











大吾と話をしてから、一週間もたたないうちにセレナにやってきただいこはなぜかボロボロになっていた。
腕には切り傷があり、拳は血で汚れていた。

「桐生・・・。」
「おい・・・だいこ、どうした。」
「負けちゃったよ・・・。」

倒れこむだいこを急いで抱え込み、セレナのソファに横にならせる。
どうやら長く続いた戦いだったらしい。誰と戦ったのはよくわからないが、見覚えのある傷のつき方をしていた。
セレナのママに頼んで共に処置をしていると、携帯電話が鳴った。桐生は胸ポケットから自分の携帯電話を取り出して通話を開始した。

『桐生チャンかのう?』
「どうしたんだ、真島の兄さん。」
『そっちにだいこが行ってると思うんやけど、大丈夫かいの?』
「・・・まさかだいこと戦ってたのって」
『ワシや!つい楽しくなってしもてな・・・。』

真島の嬉しそうな声に頭を抱えるが、真島も反省しているようだった。
最近強くなったんや、と言う真島はどこかだいこの心配をしているようだった。
どうやら真島はだいこといつも喧嘩をしていたようで、それでいて彼女が東城会会長の妹でもあるので、やはりそういう目で見られてしまう。
峯の事もあり、精神的にも心配なだいこがいつ倒れるか心配だったようだ。やはり彼女は元気そうに見えて、心に大変な傷を負っているのだろう。
桐生はだいこの閉ざされた瞼を見つめ、心をざわつかせた。
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