∵キラキラした宝石みたいな



龍が如く0のはなし














龍司くんは、学校でも、街でも、よく目立っていた
黒いランドセルと、がっしりと大きな体と、金髪で、近寄りがたい小学生
そんな彼が、私の隣に並んでくれるようになったのは、いつの頃だろうか




「え、と、東京から来た、櫻井ハルです。よ、よろしくお願いします・・・!」

お父さんの怖い職業柄、関西の蒼天堀の小学校に転入になった
私はお父さんの事は、怖くてもお父さんだし、人からあのこのお父さんは怖いんだと言われても
全然気にしなかった。
東京から来た標準語の私は、聞きなれない言葉で囲まれ、通学路を折り返す時が大切な時間だった
時が経つにつれて、私は教室の隅で空を眺めている、まるでお兄さんな彼を見つけた
私は彼の名前を知らなかったけれど、私以外の人は、みんな彼の名前を知っていた
みんなが彼を見つめる瞳は、私も感じたことのある瞳で、龍司くんはまるで気づいていないフリをしているように見えた
ごうだ。
家で聞きなれたその名前は、私には親近感を感じるものだった

「おはよう!」

教室に入った瞬間、感じる回りの目
それは何度も経験したそれだった
私はそう思われることが当たり前だった。ここに来た時の数か月が、特別だっただけ。
今までだってきちんとしてきたし、勉強もしたし、笑顔も見せたし、心配なんかかけなかった

「おい」

帰り道、私に影をつくった人物は、金髪で、怖くて、けれども私にとっては幸せな人だった

「邪魔や、どけ」
「うん」

怖い顔をしているのはわかるけど、どこが怖いかわからないその顔は、幸せそうだった
私も龍司くんみたいな人になりたかった
びしょびしょな自分の服を見て、ああ、どうしよう。と思った
上から降ってきた冷たい水で、指が悴んで、それを誤魔化すようにランドセルをぎゅっと握った

「なんや、ビッショビショやな。何やらかしたんや」
「・・・・・・・」

私は何も言えなかった
今まで親にしていたように、普通に笑って、ドジしちゃった、なんていえばよかったのに

「・・・・ほら」
「・・・何?」

手に押し込められたそれは、通っている学校の体操着だった
胸の部分には『郷田龍司』とでかでかと書かれている

「着ろや、風邪ひくやろ」


龍司くんから貸してもらった体操着を広げ、服を脱いだ
背丈も肩幅も大きな龍司くんがいるだけで、使われないトイレになんて、誰も入ってこない
公衆トイレの中で大胆に着替え、濡れた服を袋に入れ、ランドセルの中に押し入れた
それから龍司くんは川に案内してくれた。お気に入りの場所だ、と。

「綺麗やろ。嫌なことなーんも考えなくてええ」
「いっその事、この川で死にたいね」
「・・・アホ」

龍司くんは夕日を見ながら隣に座っている私の頭を撫でた、のかもしれない

「龍司くんみたいになりたいから、しばらく生きてるよ」
「さよか。・・・ワシになれる日なんか来んわ」

龍司くんは、とても心の優しい人だった
周りのキラキラした子たちになりたいなんて、思わなければよかった
龍司くんのほうが、よっぽどキラキラしていて、眩しいのだ




「ハルちゃんと龍司くん、最近一緒におるらしいで」

そんな言葉、いつしか聞こえなくなっていた
きらきらした龍司くんは、私にだけ笑顔をくれた
私がカツアゲにあっていると、龍司くんは相手を殴ってくれる
その代りに、龍司くんをばかにした女の子を、私は殴った
生まれて初めてできたともだち。大好きで、優しいともだち。
あの川で待ちぼうけしていれば、龍司くんは、隣にいてくれた
私が中学生になる頃には、私の周りにも友達ができて、龍司くんの周りにも友達ができた
それでも私は一番の友達に会いに、あの川に行く
昨日は拳を血だらけにしてきたけど、今日は顔中ボコボコになっていた

「よぉ」
「龍司くんボコボコだね」
「そない言うてくれるんはハルだけやわ」

ボコボコの顔で不器用に笑って見せる龍司くんはホントに可笑しかった
私も笑って、彼も笑った
笑うたび、傷が痛むようで、いたっと言いながら笑っていた
こんな日々が続けばいいな、と願っていたのだが、龍司くんはいつしか川にこなくなるのだった
私は制服で一人、川を眺めて、まだ龍司くんになれないなあ、と感じていた
お父さんに比べてしっかりしているお母さんは、ジュケン、ダイガク、シンロと続けた
龍司くんになれない私は、川を見て、身を投げ出したくなるのだ
中学校の時は適当でよかった。受験勉強だって適当にした。いい子だって思われるように。
私は龍司くんに会っても、変わらず弱虫で、バカだったんだ、と思った
やっと理解できるようになった関西弁は、龍司くんのものではないと落ち着かないし

「龍司くん」

そうつぶやくだけで、気恥ずかしさが込み上げてきた
彼はきっと学校に行っていない
あーあ、龍司くんになりたいなあ。学校にいかなくて済むなあ。家に帰らなくてもいいなあ。
身体中タバコの匂い、酒の匂い、香っていてもどうにでもなるのに
龍司くんみたいに振るう腕だって、血だらけになる権利のない手だって、いらないのに

「龍司くん」

もう一度呟いて、立ち上がった気がした

「ハル」

後ろから聞きなれた声が聞こえた

「戻ってきい」

どこから?
足元の冷たい川から?きっと沈めば死ねるのに

「まだ、なっとらんやろが」
「・・・そうだね」

びしょびしょの身体に、龍司くんの煙くさいコートをかけられた

「こんな季節に、水遊びかいな。ハルも変な趣味しとるな」
「龍司くんも、人を殴るなんて、変な趣味しとるな」
「やめや、ハルが方言なんぞ、気持ち悪うて・・・嫌やわ」

タバコと酒の匂いがするんだろうな、なんて思っていた身体が、私の上に圧し掛かった
身体中に広がるタバコでも酒でもない血の匂いは、龍司くんの匂いと混ざり合って、いい匂いがした

「えっろいなあ」
「龍司くん、変態だね」

ばくばくと鳴る心臓を無視して龍司くんを引き寄せた
今日から友達をやめよう、龍司くんはあったかいから

「・・・やめぇや」

龍司くんの拒否した唇を見た。いつかできた傷は、私と距離を置いた

「ハルとそないな事、しとうない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・龍司くんから来たクセに・・・」
「そ、そらぁ!・・・ハルがエロいからやろ!」
「そんなっ・・の、知らないよ!」

龍司くんの瞳と私の瞳が初めて合わさったとき、その瞳に熱が籠ってる事を知った
あ、この人、知らない龍司くんだ
獣のような龍司くんが、私の上から退いて、手を差し伸べた

「帰るで」
「うん」

龍司くんの手のひらはあったかくて、龍司くんを目指して頑張って伸ばした身長は、龍司くんには到底及ばなかった
でも、あの頃よりも近い龍司くんの顔は、とても優しそうに私を見つめていた

「龍司くん」
「あ?」
「結婚しよう」
「いつかワシが言い直すから待っとれ」

龍司くんは、私の頭を叩いた。・・・違うや、撫でた。


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