おまえの涙は軽いもんだよ。それでも、

 赤いルージュの引き立つ彼女は今日もネオンの神室町に出ていた。少し色の抜けた黒髪をなびかせ、いつものバーに向かう。なぜ彼女は毎日のようにそのバーに通うのか。それは彼、桐生に会ったからである。桐生と桜木が出会ったのは一年前だった。バーにやってきた強面な彼に話しかけるほどの度胸がなければこの町では生きていけない。そう思っていた桜木は彼に声をかけたのだ。話しかければ悪い人ではなく、それ以降なぜかバーに行くと彼は片手を上げて彼女を迎えていた。いつしか桜木は桐生に会いにバーに行くようになっていた。それからは少し長かったが、桐生のその過去を聞いているうちに桜木は可哀想だと思うようになっていた。母性本能的なものとして片付けたかった桜木は、桐生をホテルに誘った。桐生こそ最初は戸惑いの香りを漂わせていたものの、桜木が桐生に触れればベッドに倒れこみ、そのまま桜木の胸に頭を入れてすやすやと眠ってしまった。そんな事を毎日ではないが日の経ちすぎない程度に行っていた二人は、それが大分普通になってきていた。お互いに恋愛感情なんてものはない。ただ桐生は桜木には甘えていいと思っていたし桜木は桐生には甘やかしてもいいと思っていた。決して涙を流さない桐生を素敵だと思っていたし、関係ないとも思っていた。

「でも、あんたの事、支えたいとか思うからさ。これからもよろしく。」
「・・・・ああ。」

 そうしてこの出来事が何年も続き、桜木はすっかり身も変わり会社員として働く事になっていた。桐生は何をしているかわからないが、昔から変わらない。桜木はその様子にクス、と笑ったが、桐生は気づかないままだった。
 実のところ、最近は彼氏ができた桜木だったのだが、桐生の事は彼に伝えていないしむしろ桐生にもその事を伝えてはいけない気がした。そうして桜木の変わらない形の携帯が震えた。表示名は男の名前。内容は「今どこにいるんだ」というものだった。

「ごめんね、ちょっと用事が。」
「ああ、別にいいぜ。俺も今からちょっと出かける所だったんだ。」

 バッティングセンター前で二人並んで話す。桐生を見上げる桜木はその先のタクシーまで歩いた。その後ろ姿を眺めた桐生は、用事をつくるために歩き出した。煙草の煙がスーツに染み込む。少し前まで一緒にいた桜木の香水が風に乗ったのを感じた。桐生はそんな事どうとでもないと思っていたはずだった。
 その日の夜、結局何もやる事がなく退屈な日を送っていた桐生に電話が入った。「今から会おう。」と、たった一言だけの電話だった。桐生は急いでバッティングセンター前まで走った。声こそいつも通り、なんの変哲もないただの女の声だったはずなのに、こんなに身体中が痺れているのはなぜだろうか。桐生はその正体を知っていた。知っていてこそ、目を逸らしていた。二人でホテルに入ると、今日は逆になっていた。たまに、あるのだ。こうして桐生が桜木の事を抱きしめる日が。いつしかその日が楽しみになっていた桐生は表情を暗くしていた。

「彼氏にあんたと一緒にいる所見られて、それで・・・」
「そうか・・・。」

 彼氏。やはり桜木の口から言われればこんなにも虚しかった。泣きたいのはこっちのほうだ。そう思いながら小さく震える彼女の肩を抱きしめた。
 翌日、彼氏と仲直りしていた桜木からの連絡はなかった。スーツに染み込んだ桜木の香りが鼻につく。憂さ晴らしにそこらへんにあった自動販売機を蹴り上げて、それは壊れた。


(BGM:わたしの子供になりなさい)

***
大変遅くなりました〜!リクエストありがとうございます!
最初曲を聴いた時はとっても難しくて悩みました。短いですが楽しんで書かせていただきました。
今後とも櫻と0120をよろしくお願いします。本当に遅くなってすいませんでした;;
イメージ曲は中島みゆき「わたしの子供になりなさい」でした。

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