「あなたの支えになりたい」

 ほかほかと湯気の立つ白米に鼻を近づけ香りを満喫する。嗚呼、なんて心地の良い朝か。チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえる。規則正しく朝日を浴びる事の素晴らしさは横で寝転がっているこいつらには分からないだろう。これでいつもの天井破壊がなければ最高にいい朝だ。いつもいつもあのおかげで・・・いや、考えるのはよそう。それもこれも隣に住んでいるヒーローたちのおかげだ。ドン!とかガン!とかミシミシ!とかそんな様な音ばかりだ。・・・まあそれはよしとして。きらきら輝く朝ごはんに箸を伸ばした。幸福の瞬間、いざ!
 しかしどうだろうか。見た事のある白い大きな塊が私の頭部にぶち当たり、他の同じ物は私の丹精込めた輝ける朝食をぶっ潰した。私は生まれ持った身体の頑丈さでもれなく元気だが、朝食はどうだ。白米は自室の壁だったものがふりかけになっているし、卵焼きは崩れ落ちているし、お箸は真っ二つだった。許せない。怒りに震えるまま隣人へ文句を言いに立ち上がった。眉毛のないパジャマ女をなめるんじゃないよ。大きな穴が開借り住まいから輝く頭がちらりと覗いた。

「おはようございます。サイタマくん。」
「お、おお。元気だな!」
「どういう事情であれ、今日という今日は許しませんので。」

 今までの恨み辛みを込めた眼光で隣人、サイタマくんを睨み付けると震えあがる情けない男の姿となって私の目に映った。きっと怪人の出やすいZ市の事だ。またサイタマくんが殴ったのだろう。しょうがないよね。むしろ助けてくれたようなものではないか!そう思っていたのはいつの事だろう。私はもう限界だった。ならばもっと治安の良い所に移住すればよいのではないか。何度そう思ったことか。しかしなぜだか移住するのは癪に障り、結局何年もここに住んでいて、如何なる時も轟音が聞こえる。なんという事だろうか。なんという事だろうか!サイタマくんの隣にいるサイボーグくんは今日も眉を下げてこちらの様子を伺っているようだったが、すぐに近くに来て一礼した。

「・・・いつもすまない。」

 そう素直に謝られると言い返す事もできやしない。しかも聞くところによると彼は19歳で何歳も年下だ。サイタマくんは何度もサイボーグ、ジェノスくんに救われている。私から。19歳という若さからも感じられるのだが、やはり顔立ちが良すぎる。私はいつも朝日より眩しい彼の御顔に目を細めている。アホのサイタマくんから聞くところによると、どうやらこれが睨んでいるように見えるらしい。朝の私は眉毛がなく薄っぺらい顔だからさらにそんな感じがするのだろう。

「・・・ちゃんと壁、弁償してよね。」
「お、おう!」

 お前の事を許したわけではない、サイタマくん。しかしサイタマくんが強いのは私も知っている事だ。いい歳こいて恋人の一人もいない私よりは、何倍も輝いて見えるそのヒーロー姿は、いつ見ても壁を壊す厄介な人物だとは思えない。ヒーロー二人は私に深くお辞儀をするが、さてどうしたものか。堂々と着替えられないな。とりあえず私はトイレに隠れ、服を着替えて化粧をした。散らばった朝食を見て、また深いため息をつきそうになる。

「よかったら一緒に飯でもどうだ。」
「え。」

 大きな穴からは19歳が趣味の悪いエプロンをぶら下げてほかほかのご飯を用意している所だった。その香りに素直な身体はぐう、と音を鳴らした。極めつけにサイタマくんは「食って行けよ。飯ねえんだろ。」と困ったような顔で言った。お前のせいだよ。私は壁を跨いで、怪人の無残な姿を視界の端に捉えながら今日もすがすがしい朝を迎えるのだった。



「御馳走様でした。」
「ああ、悪かったよ。いつもごめんな。」
「もういいよ。大丈夫だから。」

 サイタマくんだって悪い人ではない。そんな事は百も承知だ。素直にこうして謝ってくれるし、それに、私だってお金に困っているわけではない。こんな無人街に住んでいるのだ。家賃はタダのようなものだし、その分私の節約生活は輝き、貯金はいい具合に貯まっている。壁の修理代を弁償してもらわなくとも私で払える。なかなか素直になれないのがサイタマくんと私の悪い所だと思っている。
 サイタマくんとジェノスくんに挨拶をして家を出た。いつもこうやって許してしまうんだよなあ。しかし悪い気はしない。なぜこんなにも彼らを信用しているかはわからない。ふと、後ろから機械の音が耳に入った。振り向くと、すぐ傍にまで来ていたジェノスくんがいた。

「すまない。少し話さないか?」
「あ、うん。はい。」

 サイタマくん以外には発する事のない敬語は、私にだって出ることはない。しかしそこが彼、ジェノスくんのいいところでもある。なんだか安心して話をすることができるし、それにこんなに容姿端麗で敬語だったならばちょっと近寄りがたい。そんな事を胸に留めながら並んだジェノスくんの御顔を見上げた。うわっ、綺麗・・・。

「時間は大丈夫か?」
「うん。大分余裕もあるよ。」
「そうか。」

 それっきり薄い唇を開けたり閉めたりしている。私ってやっぱり話しにくいイメージなのだろうか。「あ、今日はご飯ありがとう。」などと、もう日常会話の一部になりつつある言葉を口に出した。ジェノスくんはやはり表情を変えずに淡々と話し始める。

「いや、なんてことはない。一人分増えた所でそんなに苦労はない。」
「そっか。ジェノスくんのご飯は美味しいよね。毎日食べたいくらいだよ。」

 あっはは、と少しでも場を明るくしようと笑ってみるが、ジェノスくんは未だに顔を変えずに黙りこくっていた。うーん・・・。思わず唸りを上げそうになる私を見てどう思っていたのかはわからないが、ジェノスくんは顔を俯けてしまった。また私は・・・。ジェノスくんの反応に少し落ち込み、自己嫌悪した。

「・・・すまない。気を使わせている。」
「ん?え、そんな事ないよ。」
「いや・・・。俺はこの通り無表情だし会話だって弾まないし、おまけにサイタマ先生みたいに強くないし毎回壁を壊しているしいつもいつもこうして話している時もずっと迷惑をかけている。名字さんだって俺の事迷惑だと思っているだろうにも関わらずこうして気を使ってくれているし本当に申し訳ないのだがどうにもうまく話せないんだ。サイボーグだからという理由を使いたくはないが人と接する事が足りていなかったのかうまく話しができないから飯を作ってお詫びをするという形でしか俺は・・・。」
「す、ストップ!落ち着いて、ジェノスくん。」

 忘れていたがこのサイボーグ、まとめて話し出すという事ができないのか、いつもサイタマくんに怒られていた。しかしここまでマシンガンに話されるとは。まあ何はともあれ私の事を"さん"とつけて呼んでいる事に少し好感を持った。なんだか嬉しい。
 膨大な情報の中の少ししか聞き取れなかったが、どうやらジェノスくんは悔いているようだ。私の事怖いとか思ってなくてよかったなあ。いやそりゃS級ヒーローだもんね。怖い者なしだもんね。しかし、ジェノスくんはそんなに口下手だっただろうか?いや、私があまりジェノスくんの事を知らないからかもしれない。でも。

「大丈夫だよ、落ち着いて話してみよう?私、ジェノスくんとお話するの好きだな。」
「だっ、だから、その・・・。ああっ!」

 ジェノスくんは雄たけびを上げると一気に私との距離を縮め、まっすぐに瞳を交わした。なんだか初めてこんなに感情の籠った瞳で見られた気がする。人とは違う黒の中にある金色のものに捕らわれた私の喉からは、何も出てこなかった。

「疲れてるあんたの支えになりたいんだ!」

 大きな声で言われ目を白黒させる。私、そんなに疲れた顔しているだろうか。化粧ではごまかせていないのだろうか。っていうかジェノスくん、自分が壁壊してるって言ってた?

「俺が責任を取るべきなんだ!なんでも言ってくれ!」

 もう一度大きな声で、まるで心臓にダイレクトに伝わるような声で言われ、しかしジェノスくんがどうしてそう至ったのかはよくわからない。しかしそんな事を言われると、なんだか嬉しい気もする。最近恋愛していないからだろうか?
 その後ジェノスくんを落ち着かせると、たどたどしく彼は謝罪した。どうやら生まれつき頑丈すぎる身体も持っている私に、いくら頑丈だからと言って沢山の迷惑をかけているしそんな毎日に疲れているのではないか。壁を頻繁に壊しているのは自分だし、つまり私が疲れているのは自分のせいだ、と考えて先ほどの言葉を淡々を言ったらしい。もうそれだけで疲れが取れたようなものだが、もう少しジェノスくんの話を聞きたいから、黙っていようかな。




***
おわりです。ちょっと微妙なので読み返して虚しくなったらどこかにやります;;
ジェノスくん大好きです。ジェノスくんを生んでくれてありがとうONEさん;;
 
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