「ナマエちゃん、大丈夫?」
「うん…」
「お母さんやっぱりお仕事休んで…」
「いいよ、寝てれば治るから」
「………そう…」
拷問の翌日、私は熱を出した。
ひどい頭痛がしてフラフラとリビングへ赴いたら、
目に見えて顔色が悪かったようで体温を計られベッドに寝かしつけられた。
普段から体調管理には気を付けていて、あまり体調を崩さないこともあり、
お父さんもお母さんも異常に心配していた。
こんなことで仕事を休ませるわけにもいかず、なんとかお父さんを行かせることには成功したが、
ただのパートであるお母さんはなんとか休めないか模索していた。
しかし一人になりたい私は一歩も譲らず、お母さんにカフェへ行かせた。
「それじゃあ、行ってくるけど…早めに帰ってくるわね」
「…うん。いってらっしゃい」
渋々といった様子でお母さんは玄関に外から鍵をかけた。
重く響くその音は、昨日の拷問部屋の鍵の音に似ているような気がした。
これは自分で決めたことだ。
最後までやりとげる。
たとえ八木さんを裏切る結果となっていても、私は彼に生きてほしい。
何度も何度も敵になるに至った決意を思い返して、沈みそうな心を保った。
今朝のニュースで、とあるヒーローが何者かに殺されていたという事件が報道された。
私が拷問し殺したあの男が呟いた名前と、ヒーローの名前は、当然ながら一致している。
私は直接的に一人、間接的にもう一人、
計2人を1日のうちに殺したのだ。
彼らはこの朝日を感じることはなかったのか。
彼らは今日の朝御飯の時間にご飯を食べることはなかったのか。
彼らが奪われた時間を意識すればするほど、私に重くのし掛かって、
私は頭からすっぽりと掛け布団をかけて暗闇のなかで震え出した。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
昨日から何千回と謝り続けている。
呼吸をすることさえ、罪のように感じる。
そういえば、まだ朝御飯を食べていなかった。
だが腹はすかない。
だけど、用意されリビングでラップに包まれているトーストや目玉焼きを見ると、
お母さんに申し訳なくなり、ゆっくりと口へ運んだ。
真っ暗で音もしないテレビが視界に入り、なんとな電源をくつけてみた。
テレビにはオールマイト。
ただのCMだった。
スポーツ飲料のCMで、ハイテンションハイペースな内容だった。
この人は、日々ヒーロー活動に忙しいなかこんな仕事まで受けて、
そして変わらずこの笑顔を向けてくれるのか。
スケッチブックと鉛筆を取り出して、CMに映った八木さんの笑顔を描き出した。
描きすぎて上達した手際で、あの青い優しい目、外国人のように通った鼻筋、頬にたくさんのシワがよる豪快な口角。
柔らかくなびく綺麗な金髪まで細かく無心に描いていたら、私の覚悟は決まった。
もう戻れない。
戻るつもりもない。
私が憧れたのは、助けを待つオヒメサマじゃない。
私が憧れたのは、自分から人を助けるために動くヒーローだ。
私がしたいのは、大好きな人を守ることだ。
後悔してはいけない。
失敗してはいけない。
投げ出してはいけない。
今でも私の頭のなかで痛みに叫ぶ、昨日のヒーローに報いるためにも。
八木さんの笑顔を描き終えたページを一枚破りとり、
今までの笑顔全てを保管する宝箱にしまい込んだ。
私の宝物。
絶対に、絶対に守ってみせる。
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