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「八木さん、来ないわねぇ」

「…………うん」


太陽は雲に覆われ、日の差さないカフェ店内で
カウンター越しにお母さんと私はため息を吐いた。


八木さんが来なくなって、三週間目に突入した。

今までもヒーロー活動(母は知らないが)が忙しく、来ることができない日もあったが、
ここまで長いことは一度もなかった。

その理由は明白。


オールフォーワンと戦い、あのじわじわと八木さんを追い込んでいく深い傷が、彼の身体に刻まれたのだ。

世間一般にその事件は公表してない。

オールマイトオタクである緑谷少年も知らなかったのだ。

きっと徹底して盛れないよう注意を払っている。


そして今現在私が母のスマホで見ているのは、昨日のオールマイトの活躍が記されているネットニュース。

彼はあのひどい怪我を負ってもなお、ヒーロー活動を休んですらいない。


本当に大丈夫だろうか………

原作には記されてないだけで、本当は体を壊してしまったエピーソードがあるのではないか。



しかしここで用もなく病院に行くことも、事務所に向かうのもしてはいけない。

私は今敵連合に目をつけられている可能性がある。

オールマイトとの繋がりを気取られては、ますます狙われる理由が増える。



八木さんの怪我は、きっと今の実力じゃ治せない。

まだ鍛えなくちゃ。

どんどん出きることを増やさなくちゃ。

八木さんを助けられない。




八木さんを探せない理由は、たくさんある。



けど、





「お母さん。ちょっと出掛けてくる」

「お友達?」

「うん。」

「いってらっしゃい」

「いってきます」





カフェから飛び出して、

私は街中を駆け回った。

ゴロゴロと不穏な音を鳴らす雲に気づくことさえもなく、

八木さんを探し回った。



病院の中も探して、

ヒーロー事務所にも訪ねて、



どこにもいない。


いない。


このまま会えなかったらどうしよう


いない。


あの笑顔が消えちゃう。


嫌だ。


いない。



"このままいけば、貴方は敵と対峙し…言い表せようもない程…………凄惨な死を迎える!!"




あの言葉を、もう八木さんは聞いたのかな?



嫌だ。


死なないで。




まだ、いっぱい、


いっぱい貴方の笑顔が描きたい。



しわくちゃのおじいちゃんになるまでの笑顔をずっと描きたいの。







「………こんにちは…こんばんはかな?」






人気のない路地にはいると、

黒い服に白髪………この間会ったばかりの不気味な笑顔があった。




「……誰を探してるのかな?」


「……………別に、誰も」


「ふーん?こんな雨の中を?」




雨………?

ああ、言われてみれば服も髪もびちゃびちゃだ。


いつの間にか夕方で、とうとう雨が降り出していたのか。


上がる息は、ずっと走っていたからなのか、雨で身体が冷えているからなのか。


何を面白いのか大層ご機嫌な目の前の白髪は言葉を続けた。




「オールマイト、探してんの?」

「…………」






ああ、やはりバレたか。

そりゃそうだ。

病院にいって、事務所にいって、
誰が見たって、オールマイトを探してるようにしか見えない。

もう、なりふり構ってられなかったんだ。

嫌なんだ。


あの人に死んでほしくないんだ。


遠くに行ってほしくないんだ。



目元を濡らすのは、いつの間にか冷たい雨じゃなくて暖かい涙に変わっていた。





「…………そうだよ。オールマイトを探してる。」





会って安心したかった。

怪我はしても、弱体化しても、

あの笑顔はそのままだと信じたくて。


あの暖かさはそのままだと安心したかったんだよ。



それなのに、



どうして見つかったのは、この暗く冷たい笑顔なの?






「オールマイトは今、死にかけだよ。」





知ってるよ。

なのに自分の身体に鞭打ってヒーロー活動してるんでしょ。





「俺達がやった。」





知ってるよ。

オールマイトを殺すとしたら、アンタらしかいないってことぐらい。





「ねぇ、あんな情けないヒーローのどこがいいの?」






………情けなくても、それでもヒーローとして抗う姿が、

どうしても愛しくて仕方ないんじゃない。


世界で一番、あの人がすき。

あの笑顔を守れるなら、死んだって、他を切り捨てたって、

私は後悔しない。





私は、大好きな人を守るヒーローになるって決めたんだ。

それは、別に"ヒーロー"じゃなくてもできる。



伸ばされた、冷たい手に重ねるように、

私もまた、雨で冷えた手を伸ばす。





「…………分からなくなっちゃった。」


「そっか!じゃあ………」



"ヴィランにならない?"











"ヒーロー"なんて肩書き、要らないよね。




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