何事もなく、
そう、本当に何事もなく時間は過ぎた。
握手会も私はなんとか暴走せず、あくまで初対面をお互い装って終わった。
めちゃめちゃ手がでかくてビビった。
ハグされたとき死んでもいいと思った。
そして今、私は小学五年生。
"あの事件"が起こる年だ。
正確な日時は分からない。でも、
まだ八木さんはカフェに顔を出していて、
無事は確認してる。
あれだけの傷なら、きっと何週間かは入院しているはず。
カフェに顔が出せる状況じゃないし、何よりまだ吐血してない。
まだ何事もない。
何事もなく、過ぎていた。
今この瞬間までは。
「………………」
「………………」
なぜ、今私の目の前に死柄木弔がいる!?!?
「ねぇ、」
「はい?」
あくまで平静を装うんだ。
そうだ。正体を知ってることを隠し通せ。
ここで殺される訳にはいかない。
ここはデパートのフードコート。
さっき軽い事故があって、二次災害で子供が怪我をした。
しかし野次馬も当事者もその事に気づいていなかったため、こっそりその子供の怪我を治したのだ。
ちょっと疲れたし小腹もすいたからポテトでも食べようと席に座ってつまんでいたら、
どっかりと黒い服の人がテーブルを挟んで向かい側の席に座ったなと思ったら死柄木弔だった。
いや、どういうこっちゃ。
「さっきさァ、子供の怪我治してたでしょ」
「(うわ、見られてた)…えっとぉ、もしかしてお巡りさんですか?公共の場所で個性的使っちゃダメですもんね!ごめんなさい!」
「は、俺が警察に見える?」
全くもって見えねぇわ。なに言ってんだ私。
ていうか鼻で笑われた。
くそ、精神年齢私よりしたの癖に生意気な……
「あーいうこと、よくすんの?」
「んー…たまにしますねー。お母さんにはあんまりやっちゃダメって言われますけど。」
「ふーん?イイコトしてるのにね」
思ってないだろ??
"なんだこの偽善者"ぐらいにしか思ってないだろ??
「………わかったよ……チッ」
「?」
「あー……俺たちもさ、ちょっと困ってて、治してほしいんだよね。着いてきてくんない?」
あー………。
そういえば原作軸時点で治癒系個性の人がいないんだったな、
敵連合。
そうか……それで私の個性が目について、子供を丸め込むのは容易いと。
さしずめ耳についたワイヤレスイヤホンは黒霧とかと繋がってて、
年齢の若い死柄木が行けとでも言われたんだろう。
………誘拐しても構わないとか言われてそうだな。
こんな子供、脅せばいくらでも怪我を治して貰える。
死柄木達の目には今、私は無条件で怪我を治せる個性をもっていると思われてる。
これ程貴重な人材はまずいない。
「………お母さんに聞いてみますね!」
テーブルから少し離れ、遠くに立つ見知らぬ女性に手を振ってかけよった。
誘拐しても構わないとは言ってそうだが、慎重な黒霧のことだ。
あまりここで騒ぎを作るのは望まないだろう。
横目で死柄木のいたところを見ると、彼はどこかへ消えていた。
「………目、つけられたかもしんないな……」
面倒なことになった。
ここでもし、私がダメージを蓄積してることに気づかれたら本格的に狙いに来る。
むしろ、オールフォーワンに個性を吸収される可能性の方が大きくなる。
しばらくは行動に気を付けよう。
その二日後、"あの事件"が起きた。
戻る 進む