「いいですね、肉じゃが」
終業のチャイムが鳴り、教室内や廊下がざわつきだす。
部活を休む旨は既に千紗に伝えてある為、慈海も手早く帰り支度を済ませ、教室を出る。
いつもの帰路とは違う、まだ歩きなれない道を一人で歩く。
慈海は放課後は疎か休日もあまり積極的に出掛けるタイプではない。そんな慈海を心配して、まだ中学生でありながら一人暮らしをするにあたって、両親が幾つか条件を出した。
その一つが、「週三回、家族と一緒に夕食を食べる」というものだ。
「あら?慈海さん?お帰りなさい」
「あ、郁美さん。ただいま……帰りました。お買い物の帰りですか?」
実家の近くまで来たところで、慈海の背中に声を人物がいたので振り返ると、実家に通いで勤めているお手伝いさんだった。
「嫌ですよぉ。そんなに堅苦しくしなくて良いのに」
頻繁に顔を合わせているにも拘らず、気安く「ただいま」と言えずに堅苦しい挨拶になってしまう慈海を、郁美さんさんは笑った。
郁美さんはとても穏和で大らかな人で、いつも歩み寄っているようでいて距離をとってしまう慈海に嫌悪感を露わにするでもなく、ただ「そのうち慣れるわ」と言って笑ってくれる。
母の再婚で増えた新しい家族に戸惑う慈海にとって、とても有難い存在だった。
「そういえば、芽守さんは今日は部活お休みなんですか?さっきそこで会ったんですけど」
「え……どうでしょう。ごめんなさい、分からないです」
芽守とは母の再婚相手の連れ子で、慈海の義弟にあたる。
郁美さんには暈したが、芽守は慈海と同じ帝光中学校に通うバスケ部員だ。あの強豪帝光バスケ部がそうそう部活を休みにする筈がない。もしかすると、サボったのだろうか。
実のところ、芽守とは両親が再婚してここ、あまり言葉を交わしていない。あまり上手くいっているとは言えない状態だった。
芽守も親の再婚に戸惑っているのか、同居生活が始まってからあまり家に居つかなくなった。思春期の少年にはやはり、精神的な負担が大きいのかもしれない。慈海も、同居していた頃は打ち解けようと思うものの、気を張り過ぎて大して病弱でもないのに体調を崩すことが多くなり、郁美さんに大変な迷惑をかけた。
しかし芽守は比較的母とは上手くいっているようで、義父とも義弟とも上手く接することが出来ない慈海は取り残されたような気がしていた。
芽守には何となく避けられているような気がしていた為、「高校から一人暮らしをしてみたいと思っていたし、実家には頻繁に顔を出すから、少しずつ慣らす為に今年から一人暮らしをしたい」という少し無理やりな理由をつけて両親を説得した。
慈海が家を出てからは、嬉しいのか悲しいのか、芽守が家に居つくようになったのだが、今度はまた別の問題が浮上しそうだ。
「そうだ。郁美さん、今日の夕飯は何を作るんですか?」
「今日は和食にしようと思ってるんですよ。旦那様はあまり重たいものを好まないから、育ち盛りの芽守さんとのバランスが難しいんですけど、肉じゃがなら大丈夫かしらって」
「いいですね、肉じゃが。私も手伝います」
「慈海さんは努力家ですねぇ。一人暮らししたり、早くも花嫁修行したり」
「えっと……、そんなこと、ないですよ……」
本当はただ純粋に一人暮らしの為の経験値稼ぎなのだが、慈海は一応“お嬢様”になった訳で、世話好きの郁美さんが慈海の住むマンションにきて世話をするから必要ないと言い張るので、仕方なく「将来の為の花嫁修行だ」と言って抑え込んだのだった。
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なんだこれオリジナル小説か、って言いたくなるような回でした。久しぶりの更新がこんなんですみません。
そしてセリフが少ないからページタイトルに困る。誰がセリフで始めたんだ。私か。
2014.09.05
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