(二度と会いたくなかった)
顔を上げると、そこには――、
「ねぇ。それ、食べないの?」
眠たそうな顔で自分を見下ろす、巨人の姿があった。
一度会えば絶対に忘れることは無い。帝光バスケ部最強C・紫原敦の突然の登場に、慈海は驚きで声も出せずにただただ彼を見つめた。
しかし、彼は慈海自身に興味は無いようで、慈海がドリンクと一緒に購入したものの手をつけていないアップルパイをじっと見つめている。
「……えっと。買ったのはいいけど、勉強しているうちにあんまり食べる気がしなくなって……」
「ふーん」
「……もう冷めちゃってると思いますけど、良かったら食べまs」
「食べるー!」
「……どうぞ」
アップルパイを手渡すと、紫原はまるで花が咲いたかの様に嬉しそうに受け取る。慈海は体格に似合わず可愛らしい少年だなと思った。
「あれ?紫っちは?」
「あ?テツがシェイク買ってる間にどっか行った」
「何で放っておいたんですか」
「アイツの図体ならすぐに見っかんだろ」
嬉しそうにアップルパイを頬張る紫原(近くの席に座ってからという意外な行儀の良さだった)を微笑ましく眺めていると、レジカウンターの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ほら見ろ、あそこに――」
此方を指差して言う色黒少年と、慈海の目が合う。
(出来れば二度と会いたくなかった……)
「おい、あからさまに嫌そうな顔すんなよ」
「そりゃ嫌な顔の一つもしますよ二度と会いたくないと思ってた人ですもの」
青峰本人以外で唯一慈海が「会いたくない」と言う理由を知っている黒子は、青峰に軽蔑の眼差しを向ける。
「青峰っち超嫌われてるーっ」
慈海が青峰に嫌悪感丸出しでいると、何故か黄瀬が吹き出した。ツボがよく分からない少年である。
「峰ちんダサー何したのー」
「紫原君は知らなくて大丈夫です。むしろ知らないで下さい」
青峰や黒子が口を開く前に、慈海が釘を刺した。アップルパイの件だけで、慈海にとって紫原は汚れを知らない純真無垢な子どもとしてポジション付けられたからだ。外見が中身をことごとく裏切っているが。
自分は人見知りが激しいと自覚しているが、子どもは別だ。慈海は子どもが好きで仕方がない。そんな慈海の母性を、この紫原という少年は刺激したのだ。
つまりはどういうことかと言うと、慈海は紫原に対して思ったより人見知りをしていないことに動揺している。
「知らなくていいのー?……あ、ここの問題違うよー。こうー」
青峰が何をしたかについては、聞いてみただけでそんなに興味は無かったらしい。紫原は今度は慈海のノートに目を留めた。
問題が解けず机に投げ出されていた慈海のシャーペンを手に取り、サラサラと解答していく。
「紫っち、それまだ習ってないとこじゃ、」
「んー、あー……何か、姉貴が予習しろーってうるさくってー。見張られてたから仕方なくこの辺だけやったー」
「紫原君って、実は頭良いですよね」
「頭ん中食い物のことだけかと思いきや、な」
「峰ちんうるせーし」
和気藹々と会話を繰り広げる後輩達。
純真無垢な子どものようだと思っていた少年が、実は年上である自分よりも学力が上だったことに、慈海は少なからずショックを受けた。
「え?何でアンタらここに居んの?」
千紗が手洗いから戻ってくると、案の定彼女は目を丸くして立ち尽くした。
「あ、坂下さん。こんばんは」
千紗と多少の交流があるらしい黒子だけ、挨拶をする。そういえば、もう「こんばんは」の時間だった。どうりでバスケ部の彼らに鉢合わせする訳だ。
「ああ、うん。こんばんは……って、黒子君はともかくなんで巨神兵とデルモとガングロまでちゃっかり慈海ちゃんの周りに座ってんの」
千紗の性格は大体把握出来てきたつもりだが、なかなか酷い呼び名ばかりだ。
「だれー?」
「紫っち……同じクラスじゃないスか。坂下さんッスよ。委員長の」
「そーだっけ?」
「そんなこったろうと思ったよ、紫原君だからね」
「つか誰だよガングロって」
「青峰君しかいないと思います」
「俺かよ!?」
「むしろ峰ちん以外に誰がいんのー?」
何だか、楽しそうだと思った。
からかい合って、笑い合って。前の中学では当たり前だった筈なのに、帝光中に転入してからまだ数える程しか友人がいない慈海にとって、こんなに賑やかな会話は転入以来初の経験だった。
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2014.03.10
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