「良くないと思います」
「よい、っしょ……っと?」
梯子を上って顔だけ出してみると、どうやら先客が居るようだった。
仕方がない、撮影は諦めるか……とも思ったが、その人影は顔に雑誌を乗せて仰向けに転がってピクリとも動かない。胸の辺りが規則正しく上下しているだけだ。
寝ているのなら、邪魔をしないように静かに撮影すればいいだろうと思い、身体ごと上る。寝ているのは背の高い男子生徒のようだ。
「さぁて……」
寝ている男子生徒を起こさないよう、小声で軽く気合いを入れる。決して気合いが必要な作業ではないのだが、慈海は何かを行動に移す時、必ず気合いを入れるのだ。
気合いが入ったところで、男子生徒とは少し離れたところで慈海も横になる。そして、移動教室の際に教材を入れる為校内で持ち歩いているトートバッグから、相棒のデジカメを取り出した。
「撮影モードは……分からないから色々試すか」
相棒と言いつつも相変わらずカメラにはあまり詳しくないので、色々と試行錯誤してみようと写真を撮り始める。
全ての撮影モードで写真を撮ってから、データを引っ張り出して撮った写真の確認をする。
「うーん、どれが綺麗かなぁ……あ、やらかした。これモードどれだったっけ」
撮った写真を睨み付けながらうんうんと唸っていると、不意に視界が陰った。
「何してんだ?アンタ」
「……へ?」
完全に自分の世界に入っていたため、突然の乱入に一瞬思考が停止した。そういえば、寝ている男子生徒がいたのだった。
慈海は空を撮る為に仰向けに転がっていて、男子生徒は慈海を座ったままではあるがほとんど真上から見下ろしている。男子生徒の後ろに太陽が位置している為、逆光で顔はよく分からない。
「『へ?』じゃねぇよ。何してんのかって聞いてんだよ」
男子生徒は重ねて質問をしてくる。質問というより、尋問に近い気もする。いかにも「答えろ」と命令するような態度だ。
「写真を……私、写真部なので」
「写真部?……もしかして、テツが言ってた奴か?」
明らかに言葉が足りないと自分で言って思ったのだが、男子生徒は何かが引っ掛かったらしい。しかし、慈海の脳内に「テツ」という人物は思い浮かばない。
「テツ……さん?って誰でしょう……?」
「あ?アンタじゃねぇのか?」
「何分今年度から転入してきた身でして、まだクラスメイトを覚えるだけで精一杯で他のクラスまでは……渾名とかだと更に対応しきれません」
「ふーん」
初対面の相手と話すのが苦手な自分の口をやる気を総動員して動かしたのだが、興味無さげに流された。ギャグコメの如く心の中で「解せぬ」と思った。
それより、口がするすると動くくらい思考が正常に働き始めたところで、今の状況を整理したのだが……どうにも体勢がいただけない。
「あの……どいて貰えますか」
「あ?っんでだよ」
「健全な中学生には些か宜しくない構図だと思った次第」
状況を正確に把握したことで、働きだした思考が急速に暴走を始める。動揺しているのか口調がおかしい。
何しろ、慈海は仰向けに寝転がり、そこに男子生徒が上半身を被せるように上から見下ろしているのだ。そのような気が無くても、端から見たら100%勘違いするような体勢である。
「あ?あぁ……アンタ顔はまぁまぁだし、お望みとあらばヤっても構わねぇぜ?胸は寂しいけどまぁ我慢する」
「こんな中学生嫌だ」
男子生徒の思春期どころか発情期丸出しな言葉に、初対面にもかかわらずつい素で返す。下ネタで赤面の一つも無い自分は本当に可愛いげが無い。
「あ?中学生だってヤる時ゃヤるだろ。むしろ一番元気な時期だろ」
「まだ15年生きるか生きないかの年齢で何か語りだしたよこの人」
初対面の相手には敬語を使うのが今年度からの慈海の目標だったのだが、完全にそれどころではなくなってしまった。
そんなことを考えているうちに何だか相手の顔が近い気がする。
「よくないよくないこういうのよくない」
逃げればいいのに、慈海の身体は意思にそぐわず全く動かない。口では軽く言っているが、自分で認識している以上に身体は竦み上がっているのだ。
そろそろ口も動かせないところまで来た時、視界に何かが過った。
「そういうの、良くないと思います」
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ちなみに拙宅のアホ峰は発情期真っ盛りの予定です。あ、まだ「男子生徒」だった←
珍しく少し長め\(^^)/
2014.02.06
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