彼女は、ただそこに佇んでいた。
今日も、大きなヒトはやってきた。
彼女は、この大きなヒトに仄かな愛着を抱いていた。それは、彼女が一人で孤独に過ごしていたからかもしれない。
大きなヒトは彼女を食らおうとするものが殆どだったが、放っておけば一緒にいてくれる不思議なものもいた。
彼女は時間をかけて歩き続け、森を見つけた。
森には食料になりそうな木の実や野草が生えていたので、生きていく分には問題は無かった。
その森でも、大きなヒトに出会った。が、彼はこちらを見ない。不思議と大人しくそこに佇んでいる。
『こんにちは』
彼女は大きなヒトに声をかけた。彼らに遭遇した際には必ずそうするのだが、未だ反応が返ってきたことはない。
一先ず食べられる心配は無さそうだ。
彼女は木の根幹部分に凭れるように腰掛け、大きなヒトを眺めた。
『今日は、いい天気だね』
返事は無い。
『ねぇ、貴方はひとり?』
返事は、無い。
『私はね、ひとりみたい』
彼女はひとり呟く。
目覚めた時から、彼女は独りだった。
見知らぬ土地で独り、何をするでもなくただ生きていた。
何故、一人だったのか。わからないことだらけだ。
『今日は、何人来てくれるかな』
彼女は呟き、大きく息を吸う。
そして、彼女は歌った。よく通る、少し大人びたアルトの歌声。
彼女が歌うと、聞いてくれているのか、大きなヒト達が集まってくる。
彼女の歌声に引き寄せられるかのように、一人、また一人と集まってくる。
そして、大人しく彼女の歌声に耳を傾ける。
歌い終わると彼女を食らおうと迫ってくるのだが、その時の対処にはもう慣れた。ただ、独りにはどうしても慣れることが出来なかったのだ。
彼女が気持ちよく歌を紡いでいると、不意に一人、大きなヒトが何処かへ行ってしまった。
――…ぇ?
すると、彼女の歌声に集まってきた彼らが、一様に散っていく。
彼女が驚きで歌をやめてしまった後も、彼らは彼女を食らおうとすることなく姿を消した。
『……つまらなかったのかな』
彼らだけが彼女という存在を認めてくれる存在だったのに、と、彼女は少しだけショックだった。
気を取り直して、もう一度歌う。
一人の大きなヒトがやってきた。彼女は嬉しかった。
嬉しくて少しだけ、文字通り小躍りしながら歌を歌った。
すると突然、目が覚めてから今まで見ることの無かった“小さなヒト”が、残像しか視界に捉えられないのではないかという素早い動きでやってきた。
―――刹那、彼女に、赤い液体が降り注いだ。
“小さいヒト”はくるりと宙を舞い、近くの巨木の枝に降り立った。
そして、彼女を見て、言った。
「――…てめぇ、何者だ」
壁外調査の際、壁から最も近い位置にある森に入った。ここには壁外調査時に立ち寄る、補給のための施設がある。
リヴァイは補給を終え、飲み物を飲みながら休息をとっていた。
「エルヴィン、リヴァイ」
自分を呼ぶ声を聞いて、声の主の方へ目をやる。近くでリヴァイと同じように休息をとっていたエルヴィンも顔を上げた。
声の主は、ミケだ。
「――…なんだ?」
彼は巨人の存在を察知することに長けている。リヴァイは微かに身構えながら彼に応えた。
「巨人の匂いだ。数は5体、そう遠くない」
ミケの言葉に、近くにいた者達が戦慄した。
「やり過ごすのは、恐らく無理だ」
「安全に森を抜けるためにも、見過ごす訳にはいかない、か。団長に報告しなくてはな」
エルヴィンが立ち上がるのと同時に、リヴァイは無言で立体機動装置の操作装置に指をかけた。
「俺の班が先行する」
そう言って、団長の指示を仰ぐ前に即座に班員を呼び、準備を整えるリヴァイ。
「俺も行こう。……気になる匂いがする」
「気になる匂いだと?」
「よく分からないが、人のような匂いだ。……巨人の近くだ」
ミケが鼻を利かせている間に、班員の準備が整った。
「まぁ……行ってみれば分かるだろう」
歌が、聞こえた。
――巨人がうようよいる森の中で、歌なんぞ歌ってるのはどこの気違いだ?
ミケの鼻を頼りに巨人に接近していくと、女の歌声が聞こえてきた。それは、耳馴染みのない言語の歌だった。
歌声が近づいてくると、ちらほらと巨人の姿が見えた。真っ直ぐ此方へ向かってくる。
リヴァイが一人で2体、ミケが2体、その他の班員で1体を討伐した。
「これで全部か?」
「……いや、もう1体近づいてくる」
――もしかすると、あの歌声に引き寄せられているのだろうか。
あの歌声は、リヴァイに巨人を統率する存在の可能性を思わせた。
「位置は?」
「二時の方向、距離100メートル」
リヴァイの問いにミケが答えると、リヴァイは誰よりも速く木々の間を縫って翔た。
木々が鬱蒼と生い茂る森を、ガスを噴かし高速で翔ぶ。
「見つけたぞ」
サイズは7メートル程だろうか。此方に背を向けているので項を削ぎやすい。
リヴァイは速度を保ったまま接近し、機動力を活かした斬撃を繰り出し、深く項を削ぎ落とした。
そのまま流れるような機動で近くの巨木の枝に降り立つ。
リヴァイが振り向くと同時に、絶命した巨人が地面に倒れこんだ。
倒れた向こう側に、驚きで目を見張る女。
つい先程まで聞こえていた歌はもう聞こえない。恐らくこの女が歌っていたのだろう。
「――…てめぇ、何者だ」
2013.07.11