きみの秘密の涙はあまい | ナノ





以前遠回しに言っていた、情報を得るくらいなら抱かれるのだって平気よ、と。おそらく本気だろうその言葉。
しかしその背中からは彼女が何を考えているのか俺にはわからない。わかるはずもない。女に本気で興味を持ったことがない。ましてや姉も妹もいない俺に、女の気持ちなどわかるわけもない。
そして、柴崎というよほど強敵な相手の気持ちなど、手塚にとって分かるはずもなかった。


本当に柴崎が抱かれた。
自らそう告げたあと、抱いて、と言われた。何を血迷ったのかと目を驚いた俺に、いつものように悪戯っぽく笑むのは、普段の柴崎と何ら変わらない。
「…っ…、…く…」
聞こえなかったの?抱いてって言ってるのよ、この朴念仁。いいからさっさと、……
そこで途切れた。いや、途絶えさせた。俺が手首を引いて俺のベッドに彼女を投げる。容易にシーツに埋もれる柴崎は、――――柴崎は、泣きそうに見えた。涙も浮かべていないし、表情が崩れたようには見えなかった。そんなヘマをこいつはするわけなかった。しないと分かっていても、泣きそうに見えたのだ。
「っあ、…ぁ、ん…ん、ッ」
先ほどの一連を思い出しながら、そうして行為に及ぶ。
時折鼻を掠める柴崎の匂いも、ベッドがギシギシとうるさく響くスプリングも、高く甘く鳴く嬌声も、すべてが欲を煽られる。手塚は元々性欲が強い方ではない。道でどんなに美人な女に誘われても丁重に断れるほどの余裕があった。それなのに、このザマだ。

……笑える。

柴崎を組み敷きながら、自嘲した。
それは彼女にも伝わったらしく、何よ、とさんざん喘いだせいで枯れた声が鼓膜を叩く。別に、と愛想なく呟くと、あっそ、と投げやりに言葉を捨てた。
気持ちよさそうな演技も含めつつ、しかし時々眉を寄せて苦しそうに歪める顔を見せては、男を煽る。

この顔を、声を、匂いを、肌を、他の男が先ほど蹂躙した。

目眩がしそうなほど気持ちの良いそれらが、もう人の手に渡っていると思うと、心に何かがはしる。不快な、ナニか。びりびりと心臓と抹消を突き刺すように走って、止まらない。

「ん、―――っ、ぁ!」
止まらせるために半ば強引に細腰を掴んで奥を穿ったらしい。よりいっそう高く鳴いた声には、さすがに隣室に聞こえるだろうと抑えにかかる。が、それは柴崎も思ったのか両手を口にあてて、目をぎゅっと閉じ、ん、ん、と愛らしく声を抑えていた。
ごめん、と謝ろうとしたが、その前に柴崎自らが自分の肩にすがりつこうと腕を回す。小柄な身体が上にのし掛かる身体に抱きつくには重力に逆らわねばならなかったため、負担だろう。
そして気づいた。気づいてしまった。

それはあまりにも必死で、必死すぎて、身体が震えていた。

「…お前……」
いくら女の気持ちが分からなくとも、今なら分かる。ああして、抱いて、と言い出してきたのは、多分―――。

そう思考を巡らして他のことを考えていると抱きしめながら襟足をぐいぐい掴まれさすがに痛い。
「っ、痛い」
「っさいわね、痛いのはこっちの台詞よ馬鹿…。今までも他の子にこんな抱き方してたなんて思うと可哀想だわ…。…ッ…」
「………もう、黙れ」
「反論の権限くらい欲しいところだわ」
「もういい。…お前の言いたいことはわかった」
「……」
お前がそうして抱きしめてくるのなら、俺からも抱きしめる。シーツと背中の合間に鍛えた腕を忍ばせ、力の限り胸の中にその身体を抱きしめた。
小さい。小さすぎるその身体に背負う計り知れない覚悟には、辟易した。
それは、お前には重すぎる。


抱きしめられ、しかもそれが驚くほどやさしく胸に閉じこめられたことに柴崎は目を見張って固まった。そんなことをされるとは思わなかった。
身体の力が、ふっと抜ける。
震えていない、と言えば肯定してしまいそうで言い訳が見つからない。今はいいかと、訓練で鍛え抜かれたその身体に身を預ける。

「怖かったのならこんな真似事ではなく、ちゃんと口にしろ」

降り注いだ言葉の雨は短かったが、それは柴崎の胸の内をすべて暴いた言葉で、痛く突き刺さる。見抜かれたことに対してではなく、紛れもない心配されたことにだ。
―――ああ、負けた。
人前で決して泣かないと己に誓ったはずなのに、堰を切ったように涙が零れる。それを指摘しない手塚は、せめてもの気遣いなんだろう。

「……らしくないわよ、…馬鹿」


きみの秘密の涙はあまい

もう、いい加減動いて良いか。
…やだ、もう萎えた。抜いて。
…………お前な、それ生殺しだろ。
…っ、…。







図書館戦争革命まで読了時点で執筆。


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