理性 | ナノ




広いベッドの真ん中に投げ出された。腰に手を回されて四つん這いの体勢にさせられると、熱の解放よりも恥ずかしさが上回りもぞもぞと体を逃がす。シャツ一枚で尻全体が見える格好が情けなくて、後ろ手で裾を引っ張り隠そうと試みたが難なく手を払われた。男相手に四つん這いで肌を晒すなど衛宮からしてみれば言語道断。それでも体はうまく動かなかった。
全身はひどく熱くて沸騰寸前だったが幸い媚薬は半身にまで至っていなかった。もちろん言峰も同様なのは言うまでもない。
それだけ衛宮のプライドがこれからの行為を許すまいと頑なに拒み続けたからだろう。

白のシーツを蹴って逃げようとする衛宮をこれといって咎めることなく、準備のためにカソックを素早く脱いだ。上半身裸になっても胸の十字架は首に吊るしたままだった。
「……っ…」
衛宮は四つん這いなため視覚が閉ざされ、どうなっているのかはわからなかったが衣擦れの音から理解した。それがあまりにもリアルで、生々しくて、これから起こることを嫌でも予想してしまう。なんとなくでしかわからなかった想像から現実へ戻ったように目を見開き、力の入らない足でシーツを再び蹴った。当たり前のように動けなかったが。
「…こん、な…嫌だ……っ…」
逃げる腰をあっけなく捉えられ憎しみを込めて振り返れば、同性からしても目を奪うほど適度な筋肉が目に入る。所々に傷痕らしきものが在り、代行者ゆえ数々の戦況を乗り越えてきたのが一目でわかった。
骨格がいいせいかまるでブロンズ像のようなしなやかなラインに息を飲んでしまう。やましい思いが沸き上がらずにいられない。

この体に抱かれるのか、と………

どこを見ているんだ僕は、と我に返って紛らすように視線を戻した。ふざけるな、と言い聞かす。しかし体を見ていることなど、隠すまでもなく言峰にバレていた。逃げる顎を追いかけるように片手で捉え、吐息混じりに囁きかける。
「これからすることでも想像したか?」
図星。
背中に腹を合わせ体が密着すれば服越しでも互いの熱を意識してしまう。そうして言峰はうなじにやわらかく口付けた。
ひ、と声があがる。

気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い……!!!

もはや何が不快なのかわからなかった。男の唇が首筋を愛撫するのが不快なのか、熱に浮かされ快感として感じる己の体が気持ち悪いのか。
枕に顔を埋め耐えていた最中に気づく。尻に固く押しつけられたそれ。衛宮と比べ言峰の方が大量に媚薬を飲んでいたから反応はいくらか早く出ていた。思わず背をそらし、体を揺らす。
「よ…せ…ッ!」
耐えられず悲鳴に似た声をあげてやめろ、よせをひたすらに繰り返して抵抗した。
所詮言葉の抵抗。言峰は耳を貸すことなく腰のラインを唇でゆるやかになぞって体を確かめていく。たったそれだけなのに体は喜ぶように震えた。びく、びく、と断続的な痙攣は尻に押し付けられている相手の自身を擦りつけているようで、ひどく嫌悪だった。わずかに勃ちあがる言峰の自身が服越しなのに熱くて、理由もなく息が上がる。
「ゃ…、や、め…ッ」
己の固い黒髪をぱさぱさと左右に振って爪が剥がれそうなほどシーツを鷲掴む。そしてまずい、と感づいた。体の熱さが尋常じゃない。このままだと自分も持って行かれると思うと脳裏を過ぎる恐怖。
早くこの行為が終わってほしいとただ願う。死ぬ方がましだと思えてくるほどに。
唇を押しつけてくるだけの微量な快感のはずなのに予想より早く自身が服一枚を押し上げ、透明な蜜を含みだした。
「………っ…ぅ…」
無意識にワイシャツに擦りつけ、はしたなく腰を揺らめかす。もしも人目がつかない場所であったら、自らの手で慰めていただろう。理性が削れ、言峰の手の中へ墜ちていく。自覚したくもない。だが事実だった。
「…ぁ、…っ…」
か細く鳴き快感を求めそうになる手のひらに爪をたててかろうじてプライドを保つ。だが震える腰はどうにもならなかった。
肌を滑る唇がようやく止まり、言峰は再び覆い被さってきた。そして言峰の手はあろうことか太股の付け根を親指で強く擦ってきた。
「―――――…ッ!」
声にならない声をあげ快感をやりすごすがそこまでだった。太股をなぞるだけの言峰の手が、衛宮自身の全体を包み込む。ひゅっと息を呑み込み絶句するが逆にほんの少しだけ安堵も訪れていた。この苦しみから解放される、と。触られただけで弾けんばかりに膨らんだ高まりがずきずきと痛み、目尻に生理的な涙が溜まった。言峰は、なにもしない。緩く握るだけで言峰は擦らないのだ。
額に汗が浮かび髪がじっとりと張り付く。ただ包まれるだけの手がもどかしくて、つらくて、触られない時よりも苦しい。息がしにくい。
いやらしい言葉を口走りそうになる唇を噛み締める。意思とは関係なく無意識に腰を揺らして欲しがっていた。しっかり触って、と。
「こ、とみね…っ!!」
「何だ」
名を叫ぶがあっさり流され、眉を寄せる。言わせたいのだ、この男は。僕自身の言葉で。
「ぁ、…も……っん、………ん」
はっ、はと洩れる荒い吐息が頬をより紅潮させる。振り返って睨むような余裕などは微塵もなかった。襲い来る欲求をやり過ごすために枕にすがりつく。
もう、やめてほし、い……
「はっきり言わないとわからないな」
太腿にすり付けられる固い自身にさえ全身が震えた。それほどまで快感を体が求める。耳に注がれる吐息も、重なる腰も、非道な言葉すらも。
唇を噛むと血の味がするが気にしない。言ってしまえば楽にしてくれる。その望みをかけて意を決してうまく開いてくれない唇を割り開いた。
「……って…」
「聞こえない」
理性を削って放った一言は簡単に一蹴され、意味を成さなかった。しかたなく次の言葉を発しようとしたが言峰はわざとぐちゅ、と卑猥な水音をたてて指を動かす。それはさらに衛宮を助長した。
「ちゃんと、さわ、れ……く、ッ…は」
「それが人にものを頼む態度か?衛宮切嗣」
視界が歪む。黒の瞳から涙がぼろぼろと落ちて、止まらない。無論生理的な涙だった。だが良かったと内心思う。相手に見られていないだけましだ。
こんな、顔、見られてたまるか……。
服従をしろと遠回しに言われているも同然で、シーツをぐしゃり握りしめる。殺意さえ沸いた。
「…っ……〜〜〜っ…ぅ…、ぁ」
「さぁ」
止まらない先走りが言峰の広い手から溢れ、ぽたり音をたててシーツに零れる。耳に掠めた唇に促され、腰を戦慄かせて答えた。
「さわ、…って、くださ……も、おねが、…っ」


このとき、言峰綺礼は唇を上げ、かすかに笑っていた。


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