離れる代わりに依存の痕を | ナノ





迫りよってきた言峰のせいで上司と部下の関係は一瞬で崩れた。もちろん、ベッドの上のみの話だが。

体を繋げ、口付けを強要するこいつは一体何を求めているのか。何が目的なのか。僕には到底理解できない。
僕に向けられるその気持ちは一体何なのか、セックス後、シャワーから出てきて何気なく問いつめたことがある。
僕に対して何を求めているんだ、と。
返ってきたのは、見当外れな一言。
「あなたに興味があるもので」





意味のわからない告白を受けた翌日の飲み会の席は幸運にも言峰の近くにならずにすんだ。こっそりと肩をなで下ろし思わず安堵。
というのも、社員総勢で行われる新歓は毎年ひどいもので、去年はセクハラでうったえられかけた者がいたほどひどい有様だった。だからこそ、この飲み会で言峰が公衆の面前でセクハラをしないかと冷や冷やしていた。何せ朝の挨拶でさりげなく尻を触られた時は変な悲鳴を上げて、社員に心配されたことがあったから。自惚れでも何でもない。ただの心配。
話は戻し、毎年酷い恒例行事になりつつある新歓でセクハラがあったのにそれでも改善されないのは上の命だろう。しかし今年は幸いそこまで若い女性が入ってこなかったのもあり、去年ほど酷くはないだろうと衛宮は想定をしていた。
酒と女ほど怖いものはないなと衛宮は失笑し、中堅グループの席に混じって酎ハイを煽る。
今日は酒に溺れそうにないなと、こっそり思った。


「衛宮さん、今日は言峰の世話をしなくていいんですか?」
先ほど思い浮かべていた人物の名が上がり、うっかりつくねを落としそうになる。周りが談笑している辺り動揺したのは誰にも気づかれていないよう。今はその名前を耳にするのもいやだったが、上司の問いならばしょうがない。つくねを口に押し込む。無理やり笑みを浮かべ半ば苦笑しながら、もう頬が赤く染まった上司に答えた。
「何でですか。そんな冗談よしてくださいよ。ここでも教育係が必要ですか?」
遠くにいる新人コーナーでつまらなそうに酒を飲む言峰にちらりと目を移す。衛宮は言峰の教育係に任せられたが正直彼の出来が良すぎて教育係など必要ないほど優秀だった。それを知っているのは衛宮だけ。本人は周りに実力を隠しているから余計にたちが悪い。
上司も上司で振り返り言峰に目を移すと、がははと豪快に笑って僕の肩に手を回し数回体を叩いた。
……耳元が酒くさい。
「いや何。やけに君は彼を好んでいるらしいからなあ」
「……何でそうなるんですか」
こんなことを思いたくないがむしろ逆だろう。思わず眉を寄せる。会場一つ貸し切っての宴会で、いまの会話が隣に聞こえにくいほど場は盛り上がっていた。幸いにも、というべきか。
「君の教育係をしていた俺だからわかるんだよ。衛宮くん、もっとアルコールの強い酒はいかがかね?ん?」
興味がなかったのかそれだけ言うと酎ハイを入れていた瓶に並々とビールを注がれ、思わずうげぇという顔をした。それも一瞬で、一言礼を言うと言峰から話がズレたことに安堵の息を漏らす。が、その隣に座った上司が気をきかせたつもりなのか最悪なことを言い出した。
「おぉうい、こーとみねーくーん!!こっち!ちょっとこっちきてー!」
反対側の席が空いていたのに気づいたらしく大声で叫ぶ上司の声音は上機嫌。女性社員と仲良く話していた言峰がグラス片手に席を外しこちらへ向かってこられ、あぁ最悪と舌打ちせずにいられなかった。


それからというもの酒の酔いが回ってきたこともあり、あちらこちらで社員カップルがべたべたし始め、これは去年同様後々まずいなと思わずにはいられない。
遠くの方で王様ゲームが始まったらしく盛り上がりは最高潮に達していた。上司たちは席を立ちゲームに参戦して今はいない。スーツの内ポケットに忍ばせていた煙草のケースとライターを取り出し、禁煙席にも構わず火をつけた。
「ここは禁煙ですが」
見かねた言峰が隣の隣から声をかける。と言っても今はこのテーブルに二人しかいないから実質、言峰に迷惑がかからなければ関係ないと衛宮は判断した。
原点からして間違っているが。
「君に迷惑がかからなければいいだろ。それに、みんなこの場で酒を飲むよりセクハラゲームの方が好みらしいからな。煙草になんか気付かないさ」
「…セクハラゲーム?」
ふう、と紫煙を吐き出す。言峰は一つ空いた席を保ったまま、こちらを見つめてきた。僕は目線を合わせない。
「君も行ってみるといい。どういうことかわかるから」
口実。できるだけ言峰と話したくないのが本音。昨日、あんなことを言われたからどう接していいかわからなかった。
衛宮同様に上司に無理に注がれたビールを、ゆっくり飲みながら言峰はいやいいですときっぱり拒絶した。
「興味ありませんし」
新人全員参加だというのに言峰はおもしろくなさそうに吐き捨て、足を崩すと椅子に腕をかけた。まるで情事後のようなリラックスの仕方。

―――――――。

僕はいったい何を考えているんだと嘆息して紛らすように煙草をくわえた。人差し指と中指に挟んでやさしく吸い込み息を溶かす。
それからしばらく沈黙があり、短くなった煙草を灰皿にねじ込んで二本目の煙草に手を出そうとした時だった。
セクハラゲームのおかげで二人の周りには片手で数える程度の人しかいなくなっていた頃、頬を真っ赤にさせてふらついた女性社員数名と遠目で目が合う。

ぞわ、ぞわ

異様な鳥肌がたったが気のせいだろうと目が合った社員に軽く会釈をし、ライターで火をつけた。そのときだった。
「ことみねくーん」
香水を漂わせた爪の長い女が言峰の傍までかけより、彼の頬をやさしく包む。そうして猫撫で声で名を呼ぶと酔っぱらった女は長い髪を頬まで垂らし、顎をあげた言峰の唇に吸い付いた。
ぎょっと目を開く。
隣で行われた一連の動作はあまりにもゆっくりで抵抗する余裕すらあったのに言峰は来るもの拒まずというか、動揺を一つも見せずにキスを受け入れた。他の社員がそれを見てセクハラゲームの続きだと思っているのかやんややんやと助勢を促す。
目を見張った。
ちゅ、ちゅ、ちゅぷ、といやらしい水音がここまで聞こえて瞳を揺らす。頬を朱色に染め目を閉じている女性とは反対に、目を開けたまま平然とした態度の言峰は差し出される舌を受け入れる。
顔をそらした。理由はわからないけれど見てはならないものを見ている気がしたから。
足を組んだ太股を跨いでのし掛かる彼女と言峰は長い間口づけていた。が、今度はもう一人の酔った女が頬を掴み唇を寄せる。交代したことにも反抗することなくされるがまま。

ぞわ、と肌が粟立つ。
目をそらして閉じた。
耳も両手で塞いだ。
ここにいてはだめだと思う。
たいして吸っていない煙草をもみ消して立ち上がろうとした時だった。
左手首をぐいと引かれ、バランスを崩し椅子へ倒れ込む。がしゃんとテーブルの角に腰をぶつけ痛みで呻くも、手首の痛さが勝ってそれどころじゃない。
「い、っ……」
何事かと横に顔を向けると言峰の顔がアップで視界に映る。まずい、と本能がうったえる。だめだ、と。
横目で女性複数を見ると二、三歩下がっていたからきっと言峰が二人の社員を押しのけたのだろう。何を今更、とあざ笑う。いや、あざ笑ったのは心の中だけ。笑う余裕なんてない。
顔を傾け口付けられるより早く肩を押しのけた。手首を掴む手を払って、逃げる。逃げるといっても情けないところは見せなくないから何も言わず歩いた。背後から女たちの声や言峰の声が聞こえた気がしたが、無視。酒が回ってきたのか足がふらつく。さっきまで座ったいたテーブルから離れ誰もいない席へと腰を下ろすと、近くにあったグラスに水を注いで一気に飲み干す。

なんで、僕は、―――――。

唇を噛む。なんてことを思ってしまったのか。机の上で腕を組み額を押しつけた。うずくまり瞼を閉じる。アルコールが効き過ぎて気持ちわるい。いや、気持ち悪いのはもっと別の、………。


「ずいぶん見つかりやすい所に逃げたんですね」
「っ!?」
いつの間に近くにいたのか気付かなかったが頭を上げると先ほどとは違い、すぐ隣に座っていた。何を考えているかわからない瞳と目が合い、自分でもわかるほど焦りを含んだ顔をすぐさま無表情へと戻す。
「アルコールが回っていたからそう遠くまで行けなかっただけさ」
ただの言い訳。そうして顔をそらし、また額を腕組みに押しつけてうずくまる。
「それに君たちの邪魔をしたくなかったからね」
あぁ、……最悪。声が震えた。
「衛宮先輩」
「うるさい。頭に響くから黙れよ」
「ならばもう何も言いませんよ」

さっきよりも弱い力で僕の腕を引っ張り上げる。腰を捉えられ、手首を掴まれた。
振り払うのが遅れた。
「………」
言峰は文字通りなにも言わなかった。僕の顔を見てもただ黙っていた。手首を握った手とは反対の手で僕の頬に触れる。まるで壊れ物を扱うように、ひどくやさしく、ゆっくりと。
そうして目尻に溜まった水を人差し指で掬う。片方をぬぐったら反対の目からついに溢れて滑り落ちた。頬へ、顎へ、軌跡を辿ってぱたりと椅子へ落下する。
目を合わせられなくて、情けなくて、しぶい顔をしたままうつむく。
大の大人がなぜ泣いているのか問いつめない辺り、こいつはわかっているのだろうか、なんて余計な思考を巡らすほど落ち着いていた。

なにも言わずにぬぐった相手の指をかるく払うが、今度の言峰はしつこくて、払ったはずの腕が伸びて僕の両手首を捉えると長椅子なのをいいことに押し倒す。誰もいなかったから幸いというか、不幸というか。だがそれでも王様ゲームをしている場所からそう遠くない。
押し倒されて息を飲んだ。

「こと、み…」
のしかかるせいで唇が近い。
「静かに」
「いやだ、ここは、バレる」
ざわざわと声がする。さっきキスしてた女の声も混じっている気がして、目眩。
「バレない場所ならいいんですか」
吐息が、熱が、肌を煽る。
「よくない。頼むから、」
「あなたこそ、もう黙って」

唇が触れた途端、言峰自ら求めるように舌を出してくる。それに、僕も応えた。応えてしまった。
目をぎゅっと閉じて顔を傾ける。密着するスーツがぐしゃぐしゃに寄れるのも気にせず行為に没頭して止まらない。手首を掴んでいた両手の力が緩まり、いつしか指に絡まった。恋人繋ぎ、なんて思って自分に吐き気。
衛宮は気付いていないが恋人繋ぎをした指に力を込め、ぎゅっと握っていたことに言峰は機嫌を良くしていた。
ん、っは、と息継ぎのたびに荒い吐息を漏らしてさらに口付けが加速する。顔横で繋がれた手を確かめるように何度もにぎり返す。言峰も。衛宮も。

ふと、かたん、と近くで音がした。人かと思い反射的に衛宮は舌を押し返す。絡んだ指を解いて肩を強く押し返した。
「ん、ん!!っ…ふ」
観念してくれたのか言峰がおとなしく唇を離すが、期待を裏切って体はどけてくれなかった。その代わり、低い声を耳に注ぐ。

「あなたからキスしてくださいよ先輩。そしたらどいてあげますから」

正面切って睨みたいが長椅子に二人寝転がった状態ではすこしでも言峰が顔をあげれば周りに見えるため、それは叶わなかった。さっきから首筋に言峰の息が当たってこそばゆい。いや、それよりもと意識を戻す。
「口に?」
「ええ」
「嫌だと言ったら?」
「また泣かすようなことします」
「お前、それ最悪だぞ」
「嫉妬をすると泣くんですね。意外でしたよ」

最低最悪。性格悪すぎてなんで嫌いにならないのか不思議だ。それでも、僕は思っている以上にこいつにのめりこんでいるんだなと自覚せざるを得ない。

離れてほしければ口付けをしろ。けれど衛宮はその要望に答えない。離れるという単語を、もう一生、永遠に、と想像してしまった。僕らの関係を終わらせる、という意味で。女と言峰の口付けを見てこいつの未来を想像してしまったから。だから、離れない。離さない。だから口付けてやらない。
代わりに首筋へと噛みついて痕を残してやった。そうして解いた手で相手の手の甲をつねって体を押し返す。どん、と勢いをつけて。
眉を寄せ不服そうな言峰の表情にざまぁみろと意をこめて、頬を平手で叩いて何か言わなければと考える。そうして最初に思いついたのが、

「口紅を間接的に僕に移すなよ、ばか」



離れる代わりに依存の痕を

あなたに興味があるんですよ。だから言葉も動作も見逃したりはしない。上司が肩を抱いて体に触れたのも知ってる。落ち着かないと煙草を吸う癖も知ってる。
紛いもなく、興味ですよ。
だからあの時女の唇を甘んじて受けた。あなたの反応を見たかったから。



20120505

きいろさんリクエストありがとうございました!




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