トリュフ | ナノ





※同居恋人設定





二月十四日、鳥の高い鳴き声が外から漏れてくる朝の五時過ぎ。うっすらと視界が開けてきたのを見計らって、切嗣は目元を手の甲でごしごしと拭った。ベッドの上で眠るのは二人。僕と、言峰綺礼。一般的なベッドのため大の大人二人で眠るとなれば足の蹴り合いになるのは日々少なくない。
そんな夜を何度過ごしたかわからないが、今日は珍しく衛宮の方が早く起きたらしい。いつもならこの神父が先に目覚めて朝食を作っているが今日はどうやら違う。昨日遅くまでどこかへ行っていた影響だろうか。まだ起きる気配すらしない。
上半身だけ起こすとベッドのスプリングがぎしと鳴ってしまい慌てて手を付く位置を変える。こちらに背を向け眠っている彼を、気配を絶って覗きこむ。半分はいたずら心が占めているのに気づいたが、いつも襲ってくる彼の寝顔を拝むのも悪くない。普段感情をほとんど見せない瞳はいま閉じられて、穏やかで無防備な寝息をたてている。その横顔を見て殺人を平気で行うとは誰も考えつかないだろう。あまりにすやすやと眠るものだから、起こすに起こせなくなったのは言うまでもない。もちろん今日は互いに休みだから起こす理由すらないが。
初めて見た寝顔に徐々に頬が綻ぶ。長時間見ていても飽きないなと思わせるほど。体の位置を変えるたびに衣擦れの音はしたが、こちらの気配にまだ気づかないらしい。昨日酒でも飲んだのだろうか。
しばし彼の寝顔を見つめ目に焼きつけると思い出したようにベッド近くの床頭台へ手を伸ばし、隠しておいた小さめの箱を音もなく引っ張り出した。

バレンタイン、という行事をご丁寧に覚えていた己に自嘲めいた笑みを溢す。以前の僕ならば考えられないなと苦笑しながら漆黒のリボンを解いた。
疲れた時にチョコレートを食べる綺礼の癖を切嗣は知っていた。一昨日もそうだ。最近の言峰は、朝はしっかり起きても睡眠時間がわずか二時間程度ということを知らぬふりをしながら知っていた。目の下に隈を作っていることも。
ついに今日はその限度を越えて朝起きれないほど疲れているらしい。
本来なら箱ごと渡すつもりだったが疲れている綺礼に渡しても疲れが上回って喜ばれないだろうか、という思いが今は強い。だからこそ思いきって箱を開けた。
「‥‥」
明るい土色の箱を開けて出てきたのは、トリュフ。手料理を苦手とする僕だから、もちろん既製品に違いないけれどそれなりに値を張ったプレゼントだった。たったの四つしか入ってない小ぶりのものだが実は五千を出して買ったのは秘密。
二本の指で一つをつまみ上げて唇に運ぶと、独特の甘みと中に入ったわずかな洋酒の味が口内に広がる。柔いトリュフにはパウダーをまぶしているため人差し指と親指についた粉を舌で舐める。顔をしかめた。実はあまりチョコレートは好きじゃない。しかも悪いことに今は起きがけだ。一つだけでもじゅうぶん胸焼けしそうな甘苦い味に、やはりチョコレートはどうしても好きになれないなと仏頂面で口をもごつかせる。ふと思い出したように左横に目線を落とした。規則正しく肩を上下に揺らす彼を再度覗きこんだ。おそらく二度と見られないであろう彼の寝顔にきっと機嫌が良かったんだろう。肩や首などの体に触れるときっと起きるだろうから無意識に顔だけを寄せ、まだ呑み込んでいないチョコを、‥‥――――そのまま、


「!?…、っ」

唇に触れ、口を舌で割り開く。それと同時に溶けたチョコを相手の口内に押しやれば予想通り言峰は目をカッと開いて、起きた。こちらが完全に気配を絶っていたため警戒のけの字すらなかっただろう。しかも甘い甘いチョコレートを口内に流し込まれればたまったもんじゃない。突然のことで目を白黒させている彼にふふと微笑せずにいられなかった。
「ん、…っ」
肩を力任せに引いてベッドへと押し倒すと抵抗できないよう腹に跨がり唇を交わす。さすがの言峰も僕であると気づいたらしく肩の力をゆっくり抜いてベッドに全身を預けた。顔を傾けて流し込むひどく甘苦いチョコレートを、彼はごくんと喉を鳴らして呑み込む。彼の口に含んでいたものが減ったのをいいことに、唇を開いて全てを流し込んだ。言峰もそれに応じて唇を開いてくる。むしろ受け止めるために此方の舌を痛いほど吸い付いてくるほど。
「ん、ん、っは…、も…っ」
さすがに限界を訴え腹をばしばし叩いてみるがあろうことか無惨にその手を払われた。生憎力関係で言峰に負ける僕にはなすすべがない。首に両手を回され、体を引き寄せられ、舌を吸われればいつしか身動きがとれなくなる。襲ったのは此方なはずなのにむしろ襲われているのは僕の方。
「ん、っ」
お互い口の中にはもう何も残っていないのに口内を荒々しく掻き回され、さすがに呼吸困難になりそうだったから唇の端から吐息を漏らす。その最中、ちゅ、ちゅ、と甘ったるい水音が寝室に響いてやまない。熱くて、甘い。

胸焼けが、しそう。



首に回された手は、首から背中にかけて指先でやさしくなぞられる。背筋が震えた。ぎゅっと目を瞑った矢先、背中をなぞる手が急激に落下して手首を痛いほど掴まれた。と、同時に視界が反転する。まずいと思うより先に組み敷かれ、見事なまでにベッドに体が沈んでいた。上を見上げる。
「っ!」
しかし枕下に忍ばせたハンドガンを一秒もしないほど速やかに捉え、相手の眉間に向けて構える。さすがに安全装置を外すまではできなかったが。一方言峰は冷えた黒鍵で僕の首筋を愛でるように撫でる。あと一ミリもすれば出血するだろうという位置に。

言峰は唇の端に残ったチョコレートに気づくと親指で拭い己の舌でそれを舐めとった。
「朝からまたずいぶんと濃厚な起こし方だな。こんな事どこで覚えた?衛宮」
心なしかどこか上機嫌にそうな口振りだった。それに対してふんと鼻を鳴らす。
「…君に言う必要なんかないだろ。それよりもそこを退けよ。僕はお腹がすいた」
「話をズラすな。……あぁ、食べさせてくれたのはこれか」
できれば先程について触れてほしくないことを見抜かれ、無表情で歯噛みする。相変わらず物騒な刃物を押し付けたまま言峰は放置した小さな箱を手に取る。残りの三つのトリュフを見ると放っていた蓋をただ元通りにした。無表情だから何を考えているのか全く分からなかった。
そして彼はいつもと違う表情でこちらを見下ろしてきた。

「貴様にしては、」
言峰は体を前傾にして、より己の顔との距離を縮める。ぎしっとベッドが鳴いた。近い。
「可愛いことをしてくれる」
さっき目に焼き付けた寝顔がこんな時に限ってなぜか思い出す。あんなに無防備だったのが今では隙すらない。低く甘美な音が己の鼓膜を叩いた。
「―――っ」
言葉の意味を理解した途端、頬がカァッと一気に熱くなる。
熱い熱い熱い。
………嫌だ。
嫌だ。こっち、見るな。馬鹿野郎。嫌だ、嫌だ…。
今更ながら羞恥がこみ上げてきて銃を握っていない右腕で咄嗟に顔を覆う。
寝顔を覗いて思わず微笑んだことも。チョコレートを箱に包んで用意していたことも。口移しでそれを贈ってしまったことも。口付けで起こしてしまったことも。全部。

「隠すほどのことではないだろう」
ふざけるなと吐き捨てたかったが声に出したら震えてしまいそうで、言えなかった。
「ッこの野郎…、っ」
膝に力をこめ最後の抵抗というように蹴りあげようと試みるが、予想していたのか太股を膝で割られた。そうすれば攻撃の余地もない。はなから撃つ気でなかった銃は床に投げ捨てられ、手首をベッドに縫い付けられる。頭の中で想像していた反撃の数々は全て二重線を引かれた。残るのは顔を覆った腕のみ。まるでわざとそれだけを残したように。
「観念しろ、衛宮切嗣」
名前を呼ばれるとどうしようもなく許してしまう僕を知っての事だろう。力の入っていない彼の手によって僕の腕は取り上げられた。反射的に彼の目から逃れるため顔を反らす。さぞかし情けない表情だろう。唇を噛む。
しかし反対に綺礼からすれば顔を背けた途端、露になった真っ白な首筋にふ、と笑っていた。もちろん、余裕を無くした衛宮は気づいていないが。
首筋の赤い痕すらも消えてしまうほどに綺礼の仕事は忙しかった。衛宮が予想した通り疲れていたのもまた、事実。

しかし疲れている綺礼に対して愛情とはまた別に、日々の疲れを癒してほしいという意をこめてチョコレートを贈ったなど、綺礼は知るよしもない。

まさかバレンタイン当日の朝にチョコレートを貰うとは思っていなかった綺礼は、久しぶりに衛宮の首筋に顔埋め機嫌よさそうに舌を這わす。綺礼の耳と衛宮の唇が必然的に近いため切嗣の喘ぎは直接流れ込んできた。たまには休日の一日をベッドの中で過ごすのも悪くないな、と今日一日の予定を心の中で立案する。

そして熱をもった声でそっと囁いた。


「Happy Valentine's Day」



白い首筋とトリュフ


20120214


ハッピーバレンタイン!



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -