3 | ナノ







「…ぅ…、っ…。ん」
人殺しでしかない見慣れた手が、僕の胸を弄っていると思うたびに沸き上がるのは複雑な感情。膨らみのない胸のどこが楽しいのかは謎だが、執拗にその部分を弄ってくる。摘まんだり、撫でたり、擦ったり、引っ掻いたりと遊ばれ、突起が弱いことを熟知しているようだった。もう指を押し返すほど尖っていることに気づき、かあっと先ほどのように顔を赤らめる。
反射的に前屈みになると目の前の鉄格子に手をかけ俯きながら、は、っは、と息を乱した。

「や、…っ…、ぃ、やだ…。ん」
「本当に嫌、か?」
「…や……。ふ、…っは。もう、やめ…、っ。撤退、を…」
「安心しろ。周りに異常はない」

抵抗しようとも与えられる快感が強すぎて、何を言われているかわからず、首を横に振って否定をうったえる。
一体、いま言峰はどんな顔をしているのか。ふと思い更ける。無表情なのか、蔑み見下すような顔なのか…。振り返るのが何となく怖い。今さら知ってどうと言うのだ。
こういうことをされるたび永遠と渦巻く不可解な感情は、時間を追うごとに消えるだけ。

ふと、気づく。片方の手が胸から腹へ肌の上を滑るように落とし、行き着く先は、ズボンの中。肩が跳ねる。
そこだけは嫌だ、と快感の下に眠った自己がようやく目を覚ます。言峰も言峰で油断していたのだろう。普段なら上手くはいかず捕らえられるが、相手の体をすりぬけると相手の頬を盛大に叩く。手加減を忘れ我ながらひどい音だった。しかも拳で。
「…」
「………」
「…退けよ」
吐き捨てると言峰はどこか楽しそうに笑っていた気がした。暗闇で、はっきりとは見えないが。
ざまあみろと思う反面、どこか靄のかかった心底に眉をひそめて目を背ける。言峰を直視できない。

何だ、これ、は

しばし静止していた彼だがようやく動きだせば自然と動作を目で追っていた。今さっき殴られたにも関わら何を思ったのか一歩、一歩とこちらに近づいてきたのだ。靄の感情はとうに消え、軽く殺気だった不穏の空気にこちらも構える。そして、相手の歩幅と同時に僕も背後へ下がる。
「…来るな」
「…」
「ここから、撤退、を…」
不覚。声が震えた。
がしゃ、ん、と背中に当たる鉄格子。逃げ場などない。言峰の瞳からそう告げられていて、思わず、恐怖。なぜこんなことをするのか!と怒鳴りたかったが、そんなことすら言える状況にない。腰に忍ばせた銃を取れば、きっとそれなりの制裁を与えられる。言峰が迫りより手首を握られ動けなくなっても、しばらく黙って彼の瞳を見つめた。

頬を殴られ唇の端が切れたのだろう。どこまでも冷静に唇の血を親指で拭うと、これ見よがしにそれを舌で舐めとる。
見てはならないものを見ている気がして、咄嗟に目を背けた。
「…っ」
「初々しいな?衛宮」
「なぜ、このような事を……」
「さあな」
「これ以上、は…」
「もう黙れ」
「っ、ん、ん」
そしてその赤い血で濡らした唇で、あろうことかそのまま僕の唇を塞ぐ。呼吸を塞がれ、舌を吸われ、口内を掻き回される。その一方で拘束した手首を離し頬をやさしくなぞる彼は、あまりに無防備だった。殴れ、と言わんばかりに。

抵抗など、できないことを見透かしたように

唇を重ねたのはほんの数秒だった。ようやく解放された頃には息を乱され全身の力が抜け、その場にへたれこむ。情けない。こんな、ことで…。初々しいと言われる理由に思わず納得してしまうほどに。
俯き、頬を朱色にしながら服の袖で唇を何度も拭う。どくっ、どくっ、どくっ。再び心臓が早鐘をうち、肩が震える。目眩が、する。嗚呼、何だこれは。僕が、僕でないみたいだ。

しかし、ようやく解放されたことに安心したのも束の間。
手首を引かれ、強引に立たされる。心臓がどん、と胸を叩く。痛い。言峰の手は相変わらず氷のように冷たかった。あれほど暖かかったのに。唇を重ねられた頬をなぞったときも確かに冷たかった。
無理に立たされると今までの行為が嘘のように無表情で銃を片付けろと命令口調で指示され、相手の手を無造作に振り払った。むっとする。
………僕はいま、ものすごく子供みたいだ。


どくどくと跳ね上がる心臓はようやく落ち着き、先程の行為は忘れろと言い聞かす。言峰はというと何事もなかったように無表情に戻っていた。
向かい合った姿勢でお互い無言無表情でWA2000を片付けている最中、たまたま彼の手に触れた。ちりっと肌が熱くなる。けれど、言峰の手は冷たい。ひどく、冷たかった。
「君の手は相変わらず冷たいな」
「……ならば暖めろ」
「はっ、ふざけるなよ。何で、僕が、君の手を…」
命令口調で言われ半分笑いながら瞳を伏せ片付けていると、言峰の手が止まっていることに気づく。目を上げた。見つめられていた。無表情にしか見えない彼の表情は、どこか色を帯びていた。

目が、離せ、ない。
抵抗が、できない。

だめだ、と思う頃には、その冷たい手を僕の暖かい手に重ねられていて、指が絡まる。震えるまつ毛と、困ったような僕の表情は、きっと彼の目にはっきりと映っていることだろう。
無意識にぎゅ、と指を握ってしまった。
顔を傾けて、唇を塞いできた言峰綺礼の唇は確かに暖かく、どこまでもやさしかった。


mittens


君を、わずかでも愛しい、だなんて想いたくない





20120206





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -