2 | ナノ






見慣れていた広く、骨格の良い手は僕の背中から徐々に温度を奪う。文句を言うより先にわかりやすく肘鉄でもかましてやろうかと思うがやめた。下手に動けば目標の相手に勘づかれることも可能性としてなくはない。仕方なくあえなくその手段は削除した。
「おい…、っ…、いい加減止めろ」
雪色の吐息が儚く夜空を舞う。なんとか出来る抵抗として、腰を捻り余った片手で相手の腕をばしばし叩く。我ながら、幼稚な抵抗だと思う。意味を成さない抵抗に言峰は鼻で笑った。
「…別に支障はないだろう?私なりに暖まる方法を見つけたんだから、気にするな」
気にするなと言われても…!!と怒声を上げたいが、それはこの任務が終わってからできる事。だから、あと少しの辛抱。
耐えろ衛宮。
自らに念じるように言い聞かせる。しばらく手の冷たさに身震いが止まらなかったが、時間が経つごとに慣れ始め、ついには手の温度と背中の肌の温度に違和感を覚えないほどにまで暖まる。不本意だと思わずにはいられない。こんな悪戯めいたことは今までに何回かあったが、任務遂行中にされたことは一度たりともなかった。だからこそ油断していたのかもしれない。
それよりも、もしこの場でバイブが鳴ったらと思わずにはいられない。だから、早くこの手を退かさないと…――

「集中しろ、衛宮切嗣。いつバイブが鳴るか分からないぞ」

独特の低く溶けた声は耳元で暖かい吐息と共に注ぎ込まれる。同性からしても甘美なその響きは極上の音。びくっと肩を震わせたあと、意思とは無関係に頬に向かって血が集まってくる。叶うのなら舌打ちしたかった。
しかし言峰の言うことは正しい。集中力が欠けているのはあからさま。手は震えるし、引き金にかけた指先は汗で滑って落ち着きがない。彼の言葉は正しいと思う反面、腑に落ちない感情が徐々に沸き上がる。
「集中できない理由は君が背中に手を入れるからであって……っ!」
「緊張するか?」
「当たり前だ…、っ」
「ふ、それは良かった」
全く何が一体いいのか。むしろこのせいで任務遂行ができなかったら間違いなく一週間懲罰コース行きだ。それだけは嫌だ。
絶対に、嫌だ。
以前些細なミスから目標の人物を見逃したことで受けた懲罰を思いだし、顔色をかえて言峰の腕を本格的に振り払おうとする。
「っ、!本当に、やめ……ッ」
静かに、と彼は暗示するように言峰の胸と僕の背がさらに隙間なくぴったりと密着する。動きを止めてしまう僕も僕だけれど…。互いの温度と、言峰の吐息を肌で感じられずにいられない。そのせいで心臓が肌を大きく叩く。どくっ、どくっ、どくっ。後ろの言峰に聞こえていないことを密やかに願った。しかし、それも一瞬のこと。
暖まった彼の両手が、もぞもぞと動きだす。背中から腰のラインをなぞり、腹部を撫でて、そして心臓の拍動を感じやすい位置にわざわざ触れてきた。左の胸突起の、やや右下に。
嗚呼、恥ずかしい、と、思わずにいられない。目をぎゅっと閉じてしまいたかった。

「速い、な」
「ッ…」

わざと口に出す言峰にかける言葉すら思い付かない。ただ、早くバイブが鳴って撃ち終わり、任務が終わったらすぐさまこいつを殴りたい。早く、早く、と無意味に念じる自分がいる。
もうそろそろ射撃の合図が来てもいい時間だ。それを分かってのことだろう。語弊は多少あるが、言峰は僕の体に手を回し抱きしめながらそこから動かない。しかも射撃に支障が出ないよう、うまく抱きしめていることが憎い。


―――――…集中


スコープを見つめる瞳は、ほとんど瞬きをしない。ワルサーWA2000は銃にしてはいささか重く、銃身が短いため狙いがブレることもある。知名度の高いPSG-1と比べれば遥かに敬遠されがちだが、使い方さえ覚えれば使いやすい。自身に合った銃の引き金をやさしくなぞる。唇を舐めた。速まる心臓を宥め、いつも通りの心拍数へ戻す。

これは、直感だろう。
来る、と単純に思った。
それと同時にバイブが立て続けに二度鳴り、思わず笑みを溢す。
目標の相手の後頭部真ん中に銃口を向け指に力を入れる。やけに落ち着いていた。悪戯を仕掛ける言峰を忘れるほど。
聞きなれた乾いた銃声と同時に目標の相手の脳が吹っ飛ぶ。我ながら、美しいほどに。遠くの方からグシャと体の倒れる音が聞こえる。
任務遂行時は、速やかに離脱すること。無言の鉄則。そうしなければ万が一仲間がいた場合間違いなく此方に気づいて追ってくるだろうから。顔を見られることは死に値する。
終わったことに安堵し、細いため息一つついて瞼を閉じる。


が、

それは叶わなかった。

「任務遂行、お疲れ様」
今まで微塵もたりとも動かかず呼吸すらしていないのではないかと思えるほど静かだった言峰が、耳元で囁きかけ耳朶を噛む。ぞわり、と体が波打つ。緊張が解けたためか抵抗する気力すらない。目を細める。
しかも第一声が、微塵たりとも思ってなさそうな言葉かけだった。
「っ……ぁ…」
「実に見事だ。思わず見とれてしまったほどに、な」
…嘘つき。
「嘘ではない」
まるで僕の心の声見透かしたように淡々と答える。だから、僕はこいつと合わない。僕の心を何でも読んでくる。一方的に嫌いだ。

任務遂行したからと理由をつけ本格的に抵抗しようとした矢先、左の胸に当てられた指先で突起を引っ掛かれ意思とは無関係に声があがる。




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