わたしは彼の心が見たい | ナノ




夏の蒸し暑さに首筋がじっとり汗ばむような夕暮れ時、いつもの密会が終わり帰宅する道を馴染んだ彼と肩を並べて歩く。
あぁ、暑い。薄いスーツでよかったとつくづく思う。
彼はどうなのだろう。暑いのだろうか。
直接問うことなく、見上げる形で首筋を盗み見るが汗一つかかない相手は涼しげに歩いている。目線に気づかれる前にすぐ目先を変えた。
「わたしはランサーと過ごしていると時間があっという間に終わってしまっているように思う」
「‥‥唐突だな」
「‥‥、惜しいのだ」
「何がだ?」
「ランサーといっしょにいる時間がほんの一瞬だから、離れる瞬間すらもわたしには惜しい。話し足りない。‥‥足りないのだ」

ランサーは、ふっと笑うだけの苦笑。
それだけだ。
言い返す言葉はないと包み隠して伝えてくる。
また困らせてしまった。困らせる気などないはずなのに。ただ、ただほんとうの事を言ったまで。話すことはこんなに心地いいのかと教えてくれたのは紛れもない、彼だ。
話し足りない。
まだ。
まだだ‥‥。
「すまない。困らせる気はなかった。ただ本当のことであることは事実だ」
「‥‥わかっている。俺とてそれは同じこと。気にするな」
歩幅が大きく違うにも関わらず右横にいる彼はわざと此方に合わせているのだ。こんな然り気無い事一つだけで今までどれほどの乙女たちがおちたことか。わたしには無用だというのにランサーはそれを聞かない。
しかし今日はそれが嬉しい。霊体化すれば主のもとへすぐ戻れるがそれすら引き留めるように自然と足がゆっくり進む。
そうして、足は止まっていた。

「セイバー?」
振り向いた彼の左目が夕日の朱色に輝く。それを焼き付けまいとセイバー自身、瞬きを忘れてしまうほど見いっていた。
いつまでだろうか。こんな日を過ごせるのは。いつまでだ。もう数ヵ月か?来週か?明日か?
胸に落ちてくる黒いモノ。些細なことすら話せなくなる日がいずれも来る。わかっている。肩を並べて歩けなくなる日がくるのも知っている。
知っているさ。
だからこそ言わなければならないことがある。

振り返った彼に目元を和ませ頬をあげて、一輪の薔薇がゆっくり咲くように笑みを溢す。

「今日は、暑いな」
「‥‥あぁ、薄着をしているのに暑いな。日本の夏は湿っているが、どこか気持ちの良いものだな」
まるで此方の意図をすべて読み取ってしまったかのように手を伸ばされた。立ち止まったわたしに問いかけることなく佇む彼は、同じように微笑んでいた。
ただわたしは、手を受け入れ差し出したと同時に腕を引かれて彼の胸の中へと吸い込まれた。
「ランサーは、すべてお見通しなのだな」
「そうでもないさ。俺はそこまで芸達者ではない」
「‥‥嘘をつけ」
「何にせよ、セイバー。闘いに関してではないが、もう少しその無防備な表情をどうにかするべきだな。貴殿の表情からどうしてほしいかがすぐにわかったぞ」
「っ!」





わたしは彼の心が見たい

こんな顔、貴方にしか見せてないというのに。


20120108
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