悲しい夜空の先に待っているのが君の笑った顔であれば、それでいい | ナノ



チャームの呪いなど、要らない。





セイバーの主は睡眠中と聞いた。それに加え護衛はいらないと言う。我が主も同様だ。お互いの主は賢い。故にもし自らの城を敵が攻めてこようものならそれ相応の防御策があるということだ。まぁ、誰かが互いの城を攻撃して主に危険が迫れば勝手に体が反応してしまうだろうから、安心と言えば安心。

‥‥‥‥しかし、
「ランサー!この菓子はどこから仕入れたのだ!こんな‥‥こんな上品で美味い物がこの時代にあるとは‥‥!」
セイバーはといえば我が主が気に入っている洋菓子、カステラ成る物を主に内緒で買ってセイバーに贈れば予想通り、戦闘中では見たことのない屈託の笑顔。
と、いっても勇ましい甲冑だけは外していない辺りいつものセイバーと変わらない。一本だけ飛び出た前髪をぴょこぴょこさせながら、屋根の上でカステラを食べている。
主からしたら互いのサーヴァントが密会をしているとは夢にも思うまい。
「そうか、それはよかった。俺も嬉しい」

刃を交えてから、良き好敵手という意味でこうして会うことが可能になったのは奇跡に近い。本来であればこのような行為、ランサーの中では無論“己の違反”に当たる。しかしこうしてセイバーの幸せそうな笑顔だとか、ただ過ぎ去る時間だとか、己にとって実に心地いい波動を感じられずにいられなかった。
今まで周りの女性からはこのチャームのせいで色々と間違った方向へ進むことが多かったが、セイバーは違う。きっとそれが原因なのだろう。無理もない。ランサーが女性に対し物を贈って、ランサーより贈られた物に熱中する女性など、実は初めてなのだから。

夜風を正面に浴びながらそっと息を吐き出せば、白い固まりが頬を過ぎ去っていく。片足だけ膝を立て頬をその膝に寄せながらしばし彼女を見つめた。


綺麗だ。


夜にも関わらず光る金色の髪を風に靡かせ、どこか遠くを見つめる彼女は手が触れそうな距離であっても隙を見せない。騎士王たる者、笑顔は見せても敵である限り全てを晒すことはないらしい。
それは俺も同じかと自嘲ぎみに笑う。我が主の顔がふと目に浮かぶ。
「‥‥?どうした?」
カステラを食べ終えた満足そうな彼女は、左にいる俺の方へすっと振り向いた。俺がかすかに笑ったのを見逃さなかったらしい。
まったく、女らしくない。
「いや何でも。‥‥‥セイバー、口の端にカステラが付いてるぞ」
「え‥‥、ど、どこだ」
右頬に付いたカステラ。指先で左側ばかり触るセイバーに此方も痺れを切らし己の顔で記すように同じところを触る。此方を見つめて同じ場所を探っているがことごとく的を外すセイバーに、嗚呼もう、と内心苦笑した。
どうしてこんなにも此方を振り向いてくれないのだろうか。チャームが効かない女性に会って嬉しかったはずなのに、今はこんなにも悔しい。意味を成さないチャームなど要らない。
そう思わずには居られなかった。

指が触れそうな位置にあった彼女の手首を掴み、肩を寄せる。意外にも手首は振り払われなかった。油断していたのか、それとも、
「ラ、ン‥‥」
相手の吐息が唇を掠めた。いや、もしかしたら触れていたのかもしれない。あと数ミリというところで唇は避けて、口の端についたカステラをランサーの舌が舐めとっていた。




悲しい夜空の先に待っているのが君の笑った顔であれば、それでいい

「ら、ランサー‥‥?」
「なんだ?」
「今のは何だ」
「ただ取ってあげただけだ」
「‥‥‥‥あぁ、そうか」




20120107
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