切りすぎた前髪をどうか笑って | ナノ

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「‥‥‥っっ」

改めて鏡を前にするとこんなにも頬が火照って仕方がない。文字通り、予想外。美容師に授業中前髪が邪魔だから“少し”切ってほしいと曖昧に頼んだばかりに、しばし眠って目が覚めた頃には視界が広すぎて鏡を見れば案の定。
まさかこんなことになるとは思わず、失ったものに苦情は言えず、結局まぁいいかと放っておいてしまった。
そこまで容姿に力を入れる性格ではないがポッキリ心が折れる。眉毛はなんとか隠れてはいるもののキッと結ばれた瞳に合わず、幼くなった前髪を弄って伸ばそうとするが意味を成さず、幼稚な真似はすぐに止めた。

「‥‥‥はぁ」
登校時間から気合いが入っていないとはどういうことだセイバー!!と言い聞かせてみる。しかしこれで何度目のため息だろうか。
別にどうってことはない。ない、のだが、昨日ランサーと昼食を一緒に食べると約束したばかりに身だしなみが整っていないのは些か落ち着かない。
って、
「いや!ちが‥‥っ!そういうわけではなくだな!相手が男だから身だしなみがどうということは‥‥」
車の行き来が多いため朝の住宅街に己の声が響くことはなかったが勝手に出た独り言にはっとなって咄嗟に唇を抑える。
違う。
別にあの戦友と呼べる男と食事をしようとわたしにとっては普通のランチと変わらない。どうってことのない、いつもの昼食ではないか。


「‥‥‥‥‥‥」


前髪をしきりに弄りながらまたため息。心の底に渦巻く泥がスプーンで掻き回されたような気持ち悪い感覚。何なのだこれは。
眉間に皺を寄せながら感じたことのない感情に瞳を伏せながら歩く。ふと露出したスカート下に風が吹く。しかも右側だけに。人でも通ったのかと思い、閉じていた瞳を持ち上げ右横をみると、
「おはよ、う‥‥セイ、バー?」

あ、

整った端正な顔立ちに、とどめというように泣き黒子のある、いかにも女性が好みそうな彼がこちらを覗きこんできた。身長差がありすぎるためこちらは見上げる格好になる。
俯いていれば多少前髪もましになるだろうと踏んでいたが、結果的に幼いまでに切った前髪が彼の眼中に晒された。
「え、」
「あ」
「こ、っこれはだな‥‥!美容師の鈴木さんが失敗してそれで‥‥!」
しどろもどろに言い訳するうちになぜか勢いよくかーっと血が顔面に昇ってくる。熱い熱い熱い!なんだこれは!ついにわたしの体は馬鹿になってしまったのか‥‥!!
口を金魚みたいにぱくぱくさせ、混乱を絵にかいた状態でこの場をどう打開すればいいか頭をフル回転させる。‥‥出ない。無理だ。こんな恥ずかしい事など、一度もない。

「ぷっ」
真っ赤になった頬で動けずにいたセイバーを遮った一言はランサーの吹き出し笑いだった。それが起動となってランサーは見たこともないほど笑い出す。先程独り言を言っても住宅街に響かなかったのに、ランサーの笑い声はあろうことか住宅街に反響していた。
呆気にとられ目が点になるが、道行く人がこちらを迷惑そうに睨まれた瞬間我に返る。
「ら、ランサー‥‥!!いい加減にしろ、何がそんなに可笑しい!わたしの前髪はそんなに変か!?」
歯をむき出しにして涙目になる相手に食いかかる。半分涙目になって笑うのはさすがに失礼じゃないかと眉を寄せる。
「いや違う。前髪切ったのを見て驚いてたらあんまりかわいいぐらい顔真っ赤になるからだ。悪い悪い、似合ってるぞ」
っ‥‥!
この女泣かせは!どうしてこうも憎いぐらい言葉選びが上手いのだ!
腹がたつどころかもはや呆れながら前髪を押さえてうつむく。止めていた足を進めるとランサーも同時に歩幅を合わせて横を歩き出した。何度か声をかけてきたのはわかっているが耳の中にまったく入ってこない。きっと彼はわたしが腹をたてて口をきかないと勘違いしていることだろう。
違う。そうではないんだ、ランサー。
聞き慣れないさっきの言葉が忘れられなくて耳に入って来ないのだ。


嗚呼、まったく、どうしてこんなにも顔が熱いのか。



切りすぎた前髪をどうか笑って

昼食の時間、どんな顔をして会えばいいのかわからないではないか。



20120106
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