「俺は好きだよ」 | ナノ





村塾で幼少期






「ヅラはさぁ、けっきょくのとこ、俺をどう思ってんの?」
「………は?」

道場を終えていつもの自室へ向かい、ヅラは荷物を置くなり復習を始めやがった。なんであんな授業を復習する必要なんかあんだ?ってきいてもいつだって答えはいっしょ。だから最近は背筋を正して正座しながら復習するヅラの背中を、ただじっと眺めるのが日課。寝たふりをしながら。

眺めるだけだから声をかけたことはない。復習している間はしずかに呼吸を殺すから、久しぶりに声をかけた気がする。

ヅラは筆を一瞬だけ止めたが振り返りはしなかった。
「どう、とは?」
「…わかんないの?」
一応問うがヅラは無視を決め込んで筆を紙に滑らせながら、もう一度だけ背筋を正した。
ヅラは、腰から尻までのラインが実にきれいだ。くびれは服で覆われてわからないが、正座するときに露になる。周りは男だらけだからヅラのことを女と勘違いすることはめっきり少なくなったが、男とわかっていても執拗に迫ろうとする野郎など腐るほどいる。ただ思い止まっているヤツがたくさんいるだけの話。
頭が、沸いているのだ。女を、求めている。抜くための材料を欲しているだけだろう。女顔だけで狙われるのだ。


俺は、違う。


できるだけ音をたてないように近寄って、背後に片足を立てて座る。
ヅラの微動していた腕が、止まった。
長く肩まで伸びた髪を揺らして右を振り返り、こちらを見た。

創作されたような端正な顔は師範にも、大人にも、子供にも、俺たちにも人気が高い。それに物覚えがよく他人を受け入れ、礼儀正しく、そして正義感が強い。顔だけじゃなく性格も買われるのだ。
しかし今、整った眉が歪んで眉間に線が入っている。

「だから、どう、とは?」
しかしそれにしても鈍感すぎる。あー、頭殴ってやろうかな。ヅラ取れるぐらい。そしたらちょっとはわかるかもな。
「……俺をどう見てんの?って聞いてんの」
鼻先との距離をズイズイ近づけて四つん這いのまま這う。ヅラは一歩ずつ後退してゆくが俺は追って追って追って、壁まで追いつめる。
背中に壁が当たったら今度は横に逃げてゆく。あいかわらず眉はひそめたままだ。

「なにがしたいんだお前は」
「えー?べつにィ」
ヅラの声が揺れる。
なんとなくわかっていて怖いのか、それともなにをされるかわからなくて怖いのか。この半分しか開いていない目でどちらかはわからない。
ついに横にも後ろにも進めない角まで追いつめられて、ヅラは膝を小さく折って丸まる。べつにそこまでしなくたっていんじゃねーの?さすがにちょっと傷つくっつーの。

「で?答えは?」
「…そこをどいたら、答えてやる」
ヅラの爪の先を丸めて、さらに縮こまる。
「やだ。そしたら逃げるだろ」
「……」
「で?答えは?」

眉をひそめながら平然としていたヅラが急に頬を真っ赤にさせてうつむく。
喉元で笑ってしまう。

「……お、俺は…」
「ん。」
「銀時と同期で…」
声が、震えてる。
「うん」
「それで、村塾時代から…いっしょで…」
「うん」
うなじをかきながらうつむくときのこの所作は、ヅラが照れている証明。
「朝飯も、昼飯も、夜飯も、風呂も入るぐらいいっしょで…」
「うん、」
「そのぐらい…仲のいいともだ……」

言わせない。
呼吸を止めさせ、むしろ共有させて、俺で呼吸をする。
うなじをさ迷わせる片手を奪って壁に押しつけて、抵抗を剥奪する。俺なりの反抗だ。卑怯な手だ。

「ん…っぅ…っ、」
顔を傾けて奪うせいで息がしにくいらしい。角度を変えながら舌をつき出して、歯や舌を撫でながら口内を荒らしてゆく。は、っはと角度を変える隙間からヅラは懸命に息を吸い込む。

―――――熱い。

ヅラの唇を奪いながら月並みな思いが沸く。
夢中で貪りながらわかるのは、ただ熱いという一言だけだ。
「ふ………っ、ぁ…」
抵抗を塞いでいた片手の力を抜いて髪を上から下へ、さらさらとすきながら重ねる。
ヅラは、抵抗しなかった。もしかしたら抵抗する気力もなかったのかもしれない。
「ぎ、ん…っ、ん…」
控えめな厚さで上品なヅラの唇を奪っていると思うと背筋がぞくぞくする。
好きなぶんだけ蹂躙し終えると、ヅラはうなだれてぐったりしていた。こちらに睨みながら目だけ動かす。
「貴様、」
「こんなことをしょっちゅう………ってか二、三回ぐらいやっててヅラは俺のことを友だちって言いきんの?」
濡らした唇を親指で拭うと、眉が和らいだ。
「……」
「それならお前は他の野郎がちゅー迫ったらちゅーするわけ?」
「ちがう!!」
かすれた声を張り上げて、未だに整わない呼吸をあい変わらず肩で呼吸している。ほんと、ヅラってバカだ。こんな卑怯な俺に捕まってしまうなんて、ほんと、バカ。
「そういうわけじゃなくだな…」
「ふーん」
「だから…その…」
しゃがんだ膝に肘をついて頬杖をつく。うつむくこいつのまつ毛を上から見下ろしながら、唇を舐めた。
予感は確信に変わる。いつかは落ちる。時間をかけていけば。

「いーよ。べつに答え出さなくても」
「…………」
いつもはうるさいヅラが大人しく黙ってうつむく姿を、次はいつ見れるのだろうか。
これ言ったら嫌われるかもなあと心の片隅でぼんやり思う。
でも、これだけは言っておこうと唇を開いた。




「俺は好きだよ」

「馬鹿者っ!」
「なんで?ほんとだって」
「そんな言葉を軽々しく使うなっ!」
「ふうん」
「…なんだ」
「軽いわけないんだけどね、」








>>20110217