午前四時の幸福感 | ナノ

※未来



赤司は午前四時に必ず目が覚める。
霞む視界の中、ベッドサイドに置いてある時計を確認すればため息が漏れた。
当然外はまだ暗い。
背中には自分よりも体温の高い恋人がいる。離れがたいわだかまりを残し身体を動かすと、タイミングを見計らったように腰から腹にかけて巻き付いた腕の力が強まった。
「…ん、」
それはまるで、起きるなと言うように。

しかたなく恋人に従って重い瞼をもう一度閉じてみる。それでも染み着いた体内時計は二度寝を許さない。
しかし、起きようにも腕が邪魔で出られない。
ああ、どうしようかと迷ううちに後ろにいる人が寝返りをうった。

腕が離れ、そのタイミングを見計らってベッドから出ようと脚を先に出す。

が、

痛いぐらい腕を引かれた。何事かと振り返る前にベッドの中へ引きずりこまれ、抱き寄せられる。

「っ、」
痛みに眉間に皺を寄せ、睨みをきかしながら引きずり込んだ当の本人を見上げる。
どういうつもりだ、と。
「あおみね、腕をはなせ。いたい」
寝起きのせいか声が掠れていつもよりいくらか幼い声音に自分で驚く。ん、ん、と小さく咳払いをして声を整えるともう一度、離せと命じる。
「…やだね」
青峰はそれでも聞く耳を持たない。いくら声をかけてもだだをこねる子供のように掴んだ腕は離さなかった。

顔の近い距離で青峰をじっと見つめる。何を考えているのか考えるために。なぜベッドへ引きずりこんだのか考えるために。
いつもの獣みたいな目はまだ閉じられていて、安心しきった目元だった。なのに腕の力は強い。尚更わけが分からなかった。

「今日はどうした。いつもならベッドから抜け出す時起きないのに」
「…たまたまだろ」
「うそをつけ」
彼の嘘は見抜きやすい。
閉じられた瞼がようやく持ち上がる。
目が合う。
とても眠そうな目だった。
「うるせえよ」
そのとろんとした口調はあまりに子供っぽくておもわず口元が緩む。中学の前半時代を思い出させるそれは、自分の心をかき混ぜられてひどく落ち着かない。

大人になってもコートで風を切る実力の彼の、その頬を、冷えた手で触る。落ち着かない心を抑えるようにして、親指で何度も頬を辿った。
「何かあったのか」
顔の近い距離で問いかける。するりとあたたかい彼の足先が自分のくるぶしに当ててきた。何のつもりか知らないが仕返しに素足を脚に絡める。
青峰の体温は子供のようにあたたかくて、いつまでも触れていたいと思う。

「…夢をみた。そしたらお前が動いてて起きた」
「どんな夢だ?」
「高校のころ」
撫でていた指が、止まった。
距離がある分時間を見つけて会っていたあの頃は今考えると若くてかわいらしい。何度も彼に触ったし、その倍ぐらい触られた。
懐かしさに浸って目を伏せる。
青峰はあたたかい手で、冷えた手の上に重ねてきた。


「お前が泣いてた」



赤と黄色の瞳が、ぐらぐらと、揺れた。

青の瞳を見上げて、それで、見上げていたら、頬に触れていた手を剥がされた。
代わりに僕の両頬を包んでくる。
そうしたら夢の内容を淡々と話してきた。

「泣いてた。なんか知らねえけどユニ着てるお前がコートの上に一人つっ立ってて、うつむいて手の甲で目元をずっと拭ってた。最初お前がなにしてんのか分かんなかったけど、じっと見てたら目元から涙流れてんのに気づいてなんでもいいから声をかけようとしたんだけど、どうしてもコートの中に入れなかった。……あー、アレだよ。どうがんばっても必ず遅刻する夢とかあるじゃん?それと同じで、どうがんばってもコートの中に入れなかった。…そしたらしばらくしてお前の目の前にボールが転がってきて、お前の足に当たってた。お前はしゃがんでそのボールを抱きしめてるんだけど、それでも泣いてた。だから、なんで泣いてんのかって聞いたら、たった一言だけ言ったんだ。……なんて言ったと思う?」

青峰は一つ瞬きをして、ひどくやさしい声で言う。


「バスケが好きだから、って」




「泣いてる理由がバスケが好きだからってそんな理由かよ心配して損したーって笑ったら、お前もちょっとだけ笑ってそんでしばらくしたら消えた。ふわーって。……で、目が覚めたらお前がベッドから出て行きそうだったから引き戻した」

それが起きた理由だと彼は言う。
「……」
「おい黙んじゃねーよ、なんか言え」
「…それではまるで僕がバスケを好きじゃないみたいじゃないか。お前の目にはそう写っていたのか?」
「知るか。んなの考えたこともねーよ」
「……そうか」
「なあもういいだろ、眠いから寝させろ」
寝起きで長く話していたのか大きな欠伸を一つもらす。いつの間にか包んでいた頬は離れていた。

腰を引き寄せられて硬い胸の中に抱かれる。お世辞にも寝心地がいいとは言えないがあたたかいから良しとする。
「僕は大輝と違って二度寝できる体質ではないから起きていたいんだけど?」
「いいだろ、ちょっと付き合え」
そのちょっとはちょっとではないだろうとツッコむ前に青峰は寝息をたてていた。

揺れた瞳はおさまらない。
心を殴られたような感覚に視界はぶれていた。
なぜこんな気持ちになったかは分からない。なぜ息苦しくなったかも分からない。
ただ高校の時の一つの目的に向かってボールを投げ続けていたあの頃は、今考えるとあまりにも虚しくて、自分は若すぎたことに改めて気づかされる。
間違っていた、と。

泣くほど後悔しているわけではない。
ただ、悔やんでいる中でも赤司の片鱗を見てくれていた青峰を思うと視界が歪んだ。

肌触りのいいシャツを掴んで額を押しつける。
「……、…っ」

肩を揺らして青峰のシャツを濡らせば、肩を抱きしめた腕の力が強くなった気がした。





20140101



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