村塾で幼少期 「こーら、ヅラ。ヅラってば。こっち向けよ」 嫌だ。 「ねぇ、聞いてんの?」 早くどけ。すこし距離をとってくれ。お願いだから。肩に手をおいて耳元に口を近づけるな。くすぐったい。 「…………」 しばらく銀時に背を向けたままで無視を続けていたら、銀時も同じように黙ってしまった。衣擦れの音がした。どうやら俺に構うのを諦めて寝返りをうったらしい。音をたてないように狭い布団の上でこっそり寝返りをうつ。 「やっぱり起きてんじゃねぇか」 「!」 背中を向けていると思えば片腕を頭に乗せて、今にも唾を飛ばしそうな不機嫌な顔がこちらを向いていた。目が合ってから、あわててうつむく。 「っだ…、だって」 口のなかをもごつかせながらこっそり銀時の腹を見る。寝巻きから見える腹筋はあれだけ修行をサボっているくせに日々の努力が垣間見られる。もう十五になる年ごろならばある程度の体ができあがって、身なりもしっかりしてくる。銀時はいま、ちょうどその時なのだ。それが薄暗い部屋で見ることができる。 俺はついこの間、この体に抱きしめられて、腕の中に埋もれて、肩に額をこすりつけた。 銀時が腕を引いて俺を寄せたから、俺が自発的にやったことではない。ましてや男女でもない。付き合っているはずもない。こんなこと、武士にあってはならないことなのに。 体を抱きしめられたときに暴れて抵抗すらできず、ただ黙って身を寄せていた己はなんだったのか。わかりきったこと。ただ、心地よかった。銀時の匂いが肺に、全身に、細胞に満たされた感覚。ただ、心地よかったのだ。 「だって、なに?」 手首を掴まれて寝返りをうたないよう阻止される。銀時に握られた手の指を、俺は反射的に丸め込んだ。 半眼にした瞳は俺しか写していない。 顔が、近い。 近くて困る。 きっとこの狭い布団のせいだ。……きっと。 第一、銀時は自分の部屋で眠ればいいのにわざわざ俺の布団の中で眠るなど、寝にくいに決まっている。 馬鹿だ、こいつは。 「だって…なぜ銀時は俺のところに来て眠りに来るんだ。こんな狭い布団では寝にくいだろう。俺がおまえと話さなければ部屋に戻ると思ったんだ…だから…」 じっと見つめられ、三分ぐらいしてから銀時は、はぁとため息を吐き捨てた。 「馬鹿じゃねーの。おまえ。どれだけ鈍感なの?それともあれか、わざとか」 「なにを言っ…」 「べつに聞き流してもいいけどさ、俺はね、冷え性なの。でも他のヤツが俺のこと好いてるように見えないだろ?だからわざわざ狭いヅラの布団の中でぬくってんの。わかる?」 「え……そうなのか?そうならそうと言えばよかったのに」 「ま、半分以上は嘘だけどね」 「は?」 半分以上、嘘? 「いいでしょ。たまには二人でいっしょに寝るのも。ガキんころみたいで」 俺の手首を跡が残りそうなぐらい強く握っていたのに肩まで布団をかけるためにあっさり離す。 いつの間にか話し疲れていたらしく睡魔の波が襲ってくる。ああ、そうだなと眠いなかで答える。 銀時が布団の中でもぞもぞするせいで足先がぶつかったり、腕がぶつかったり、ついでに銀時は俺の胸にまでぶつかってきた。 ようやく居場所が落ち着いたのか、うっすら目を開けてみると銀時がこちらを見ていた。 「……なんだ?」 まるであとすこし体をずらしただけで唇が触れそうなぐらい、近い。 「んーん。なんでもない。寝てていいよ」 銀時の息が唇にかかる。 なぜこっちを見つめてくる理由を問う前に視界を落として眠りに落ちた。 キスができる距離でおやすみ 夜中、目が覚めたら俺は銀時の腕のなかにいて、あまりに暖かかったから背中に手を回したら上から、俺の名前を、呼ばれた気がした。 >>20110213 title:M.I |