「大輝」 やたら低いトーンでオレの名前を呼ぶ。この声の時は大体怒っている時。 「何で燃えないゴミと燃えるゴミをいっしょくたにする。ゴミは分別しろとあれほど言ったはずだ」 こたつに足を突っ込んでテレビを見ていたが首をひねって後ろを見る。ぶち切れ寸前といったオーラを背後でうねらせる赤司に、しぶしぶこたつから足を引き抜いてゴミ袋の中を漁って分別する。 「朝っぱらどこぞの主婦じゃあるめーし、…」 「何か不満でも?」 ハッとなって口を噤んだがもう襲い。しどろもどろに言い訳しつつもこういう時は無意味ということを青峰は知っていた。 何が悲しくてこんな朝からしているのやら。 ゴミを分別し終わった青峰を見下ろすと赤司は満足したのかその場を離れた。 テレビの音が二人だけの部屋に虚しく響きわたり、気まずげに外へ出る。ゴミ袋片手にサンダルをぺたぺたさせながらマンションの階段を降り、所定の場所へ袋を放り投げるとため息が出た。 「はーあ」 最近、赤司はやたら機嫌が悪い。 赤司は社会人でオレはまだ大学生。同い年なのに思考は大人と子供ぐらい差があるから、互いが理解できず機嫌が悪いんだろう程度に思っていた。 しかし連日に渡るこの不機嫌さは明らかに異常だ。 「…仕事がうまくいってない、とか?」 ……いやいや、だけども赤司が仕事でうまくいかないというのは想像し難い。何かに慣れないことはあってもあいつの失敗している姿はモザイクがかかって想像できない。 十階までの階段を上りながら唸る。 他に機嫌の悪い原因は何だろうか。 「洗濯物干してたら赤司のパンツ破いちまったとか、テレビ付けっぱなしで寝てたとか、家の鍵開けたまま家出ちまったとか…あとはー…、………」 どんだけだめ人間なのオレ、と思いつつ、人間だし失敗するの当たり前だからしょーがねぇじゃん、で片づけ、他に思い当たる原因を探る。 怒らせる原因は無限に出てきて確信できることは今のところ思いつかなかった。 不機嫌な赤司の元に戻るのは全くいい気にならないが、通学バッグを部屋に置いてきたのだから仕方がない。 玄関を開き、めんどくさそうに靴を脱ぎ捨てると自室までの廊下を歩く。 その時だった。 「…っ、…、ぁ……っ…」 ぴたりと、足が止まる。 風呂場から聞こえた切なげな声。今までベッドでさんざん聞いてきた声がなぜこんなところからするのか。 答えなんて一つしかない。 何をしているのか予想はできたものの、実際自慰している赤司を見たことがないから全身の筋肉が緊張で固まった。 ドッ、ドッ、ドッ、と心臓が急速に速まり頭に血が上っていく。 足音をたてないよう忍び足で脱衣場に近寄り、ドアを慎重に開けた。見れば床に脱ぎ散らかった衣服。 赤司にしては珍しい。洗濯機の中へ入れずに急いで風呂に入ったのか。 「……」 「んっ、ぅ…ぁ」 シャワーのサーという水音に混じって聞こえる喘ぎ声。ぴちゃん、と水が跳ね返る音まで聞こえてものすごくリアル。 もう少しその掠れた声に聞き入っていてもよかったが、興味本位で風呂場の扉に手をかけ、ガチャンと開いた。 「っ、…!」 「…お前、何やってんの?」 壁に体を預けて拙い手つきで自分のものを触っている目の前の恋人。オレが侵入してきたせいで中断されたが、わずかに勃ちあがってるソレを横から見て、色々まずい、と思った。 いつもならふんわりと空気を含んだ赤髪が、今はお湯に濡れてぺしゃんこで、うなじにかかる赤髪がやたらエロい。 それに何か目元まで濡れているせいで泣いているみたいだった。 「な、にって…」 赤司にしては珍しく動揺しているらしい。声が揺れている。 性器に添えていた手を離し、流しっぱなしのお湯で流す。 いつも流しっぱなしにするとオレのこと怒るくせに。 「…溜まってたのかよ?」 服を着たまま入って、しゃがんで横から話しかける。 「そうだ、……と言えば満足か?」 動揺がなくなったかと思えば、いつもより強く睨まれた。 あ、やべ、これかなり怒ってる。 「生理現象だ。お前みたいにトイレでするわけにもいかないから仕方ないだろう」 「あ、バレてた?」 「15分もトイレを占領されれば誰しも不思議がる」 赤司は流しっぱなしのシャワーキャップを手に取り一体何をするかと思えば、顔面に向けて直射してきやがった。 「ぶ、…っ、わ!!ちょ、てめェ」 服を着たままだから上から下までびっしょり濡れた。これから大学に行くというのにパンツまで濡れて実にきもちが悪い。 こいつなりの仕返しだろう。 「勝手に風呂場に入ってくるな。せめて声をかけろ」 いつもの落ち着いた口調で言ってくるからさっきまでシコって喘いでいたとは思えないぐらい赤司は平然としていた。 頭を左右に振っても前髪から落ちる水滴の不快さは拭えず、片手で前から後ろへ髪を流す。 察しろ、って言いてェのか。 ようやく意味を理解したが、その頃にはオレに背を向けてボディーソープに手をかけていた。 「もう萎えた。いい加減出て行け。僕は体を洗いたい」 中学の部活中みたいな口調で言われるとむすっとして、いたずらに背中に触れる。背骨が浮き上がったきれいな弧を描いている背中を、そっと撫でる。 肩が跳ねた。まだイってないからたぶん敏感になっているのだろう。 「…おい」 「ちょっと思ったけど、最後にヤったのって二週間ぐらい前だったよな?最近機嫌が悪かったのって、もしかしてそのせい?」 話しかけながら、ちゅ、ちゅ、と音をたてて肩甲骨を舐める。 「…っ………ぁ…」 顔が見られないのが残念。 「なあ、イけなかったのってオレじゃねェと満足できない、とか?」 「ちが、…う」 その声はあまりに弱々しい。快感から逃げるために腰を捩る度、背が卑猥に動いてつい硬い指でなぞる。 「何で言わなかったんだよ。言ってくれたらオレが抜いたのに…」 風呂に響く青峰の低い声に、赤司は頭を左右に振って違うと何度も否定した。 こんなに赤司を追いつめたことがなかったから調子に乗って耳元で囁く。弱音を一つ握ったみたいで満足そうに笑んだ。 「して、って言えよ。触って、って誘えよ、…赤司」 「そ、…なの、言えるわけない……」 恥ずかしいに決まってる、と消えそうな声で呟く。 あ、こいつにも羞恥とかあんのか、なんてトロいことをニヤニヤしながら考えてたら、赤司が思いきり肘鉄をかましてきた。 「!!!?ご、ッふ…」 鳩尾命中。内臓が一回転したみたいな痛みにうずくまって声にならない悲鳴を上げる。 「ッ…。…ねちねちした性行為をして抜くよりも一人でした方が断然早いから丁重にお断りする」 「〜〜〜〜っ」 さっきのかわいい声は跡形もなく、完全に騙された事に気づく。 つかオレとのえっち好きじゃねェのかよ。地味にヘコむんだけど。 「っ、…っ………お前、もしかして全部嘘かよ…」 シャワーを止めると立ち上がってうずくまる青峰の横をひらりと抜ける。 「さあ、どうだろうね。…ああ、でも体を洗うのというのは嘘だ。もう洗った」 バスタオルを取ってしなやかな体を拭くと腰に巻き付け、真っ白なシャツに腕を通す。 「っ…、じゃあ、恥ずかしいも、嘘かよ」 腹の痛みが遠のいてようやく青峰が赤司を見上げる頃にはすでに服を着終わっていた。 「さあね」 俳優かよこいつ。 どこまで嘘か見破れない。天下の赤司征十郎の嘘を見破る、というほうがどうかしているかもしれない。 さっきまでのペースをもってかれ、がっくりうなだれているとまだ青峰が入っているというのに赤司は風呂の扉を閉めた。 扉越しに話しかけられる。 「………とりあえず、今日の夜はベッドを空けておかないと許さないからな、大輝」 「え?」 彼は嘘をついている 支部ログ 20130518 |