目を背けることしかできずに | ナノ




村塾で幼少期







流れる黒髪が首筋を伝って肩にかかる。首を横に振るだけで白い肌が見え隠れする仕草に目をそむけて、唇を噛む。
思春期とくゆうの好きな子を目の前にしてどきどき、なんて趣味はない。俺には断じてない。ない、はずだった。




草履をぱたぱたさせて背後から誰か来る。誰か、なんてわかりきったこと。俺を追いかけてくるやつなど一人しかいない。
「銀時!」
振り返れば竹刀を片手に、眉がくっつくほどしぶい形相で近づいてくる。

肩を掴まれてそのまま来た道の方向に引っ張られる。俺の腕に、桂の手が、ある。しかしその白い手を振り払った。
「ヅラ。おまえに関係ねぇだろ。おまえだけ戻れ」
「ヅラじゃない桂だ!いいから戻れ!今すぐ!」
拒んだ手をあろうことか今度は背後に回って、進ませるために背中を押してくる。これでは手を払いのけることもできないからしょうがなく自分から歩く。俺が無抵抗になったためか、ヅラはため息をつく。
ほんと、なんなのコイツ。どれだけ俺を心配するわけ。俺なんかに構ったら、何言われるかわからないのに。


先ほど道場の稽古途中に相手のヤツが桂を横目で見て、
「おまえ、桂が好きだろ」
と俺にしか聞こえない、ごく小さな声で囁きかけてきた。竹刀と竹刀がぶつかる周りの音に混じる男の声は、俺に一字一句鼓膜を叩く。竹刀を握る手が緩んだ。
油断していた。
思ってもみなかった。

名前すら知らないこの男は俺の底にあった感情をえぐる。

一瞬の隙を逃がさず、こいつは俺に面を打つぎりぎりで止める。額に、じわりと汗が浮き出て額を伝って行く。こんなヤツに一本とられたことなど、なかったのに。
図星か、と笑ったそいつは竹刀を握っていない手で俺の胸ぐらを掴む。
「なに?なに胸くそ悪い顔してんの?」
「馬鹿じゃねぇの。おまえ。わかってんの。俺の妹、桂のこと好きって言ってんだよ。噂を聞いたことぐらいあんだろ。今後桂に近寄るんじゃねぇよ」
聞いたことがある。どっかのヤツの妹が桂のことが好きだからいつか縁談をしたい、と。馬鹿げた話だ。桂はきっと聞いたことがないのだろうけれど。
胸ぐらを掴まれて抵抗をしないでいると、周りもざわつき始めた。
「知らねぇよ。それに俺とは関係ないんじゃねぇの?俺が仮に桂好きでもどうにもなんねぇだろ、このシスコン野郎」
正論だ。
わかりきったことだ。
言ってて、虚しくなる。
桂をこっそり見れば、後頭部高くで結った髪を揺らして相手を壁まで押していた。

胸ぐらを掴む手を掴み返して、無礼なそいつに足払いをかけた。
床に派手な音が響き、道場全体が静まり返る。剣道に体が叩きつける音など響くわけない。師範が立ち上がり、近くまで寄って二人を見続ける。

手が疼く。
幼いころ培ってしまった、夜叉の記憶。
竹刀を固く握った。
容易に体を倒されたこいつは、半分恐怖、半分殺意の顔面で怒鳴る。
「ふ…、っふざけんな!そんな怪物みてぇな目をしたおめぇがあいつに近寄ってもな、怖いって内心思ってんだよ!みんなも!」


――――――。


だから飛び出した。
竹刀を持って、川沿いを走っていたが剣道をしたあとゆえ、疲れて歩いていたら後ろからあの呼び声がしたのだ。

「なにをもめていたか知らんが、あのあと澤口殿は悪かった謝りたいと言っていたぞ」
「うそだろ」
「なに子供みたいなことを言っているんだ、銀時。俺は嘘をつかないぞ」
知ってる、そんなこと。道場までの道のりは長い。この道を歩いているのがよくわかったな、と思わず感心してしまうほど。
それはそうか。ガキのころから同じ場所で同じ遊びをしてきたのだから、俺の考えまでお見通しというわけだ。先ほどの、名前も知らないあいつが俺に言った言葉を触れないようにしているところも。全部、こいつはわかっている。
……………ただ一部だけ、気づいていないらしいけれど。


「道場行ったら、ちゃんと謝るんだぞ。師範も心配している」
「はいはい」
横に並んだヅラは、夕日を浴びて汗がきらきら光る。首もとに髪が張りついて、なんだかやけにいやらしい。ちょめちょめしている時のヅラの肌って、きっとこんななんだろう。
頭沸いてんなあと自身に嘲笑する。
「なんだ。さっきからじろじろ見て」
「ん?あ、あー、いや。首んとこにごみ付いてる」
うそだけど。
「……?どこだ?」
「ちょっ、止まれ」

あるはずもないごみを取るために首筋に手を忍ばせる。汗独特のおっさん臭い匂いはまったくしないし、白い肌は熱い。実は女じゃないのか!?と何度疑ったことか。
ほんとうはもっと触っていたいけれどそんなけとしたら怪しまれる。いや、こいつの場合ぜんっぜん怪しまないけれど。

「あ、とれそう」
「っいたたた!それは髪だ!あほう!いたっ!」
「いやヅラかと思っちゃってつい。ごみかと思っちゃってつい…」
「ついじゃないぞ!ヅラでもごみでもない!桂だ!」
まったくなんで気づかないのかね、こいつ。ちょっとは自覚持ったほうがいいんじゃないの?
肌を滑らせた手を、手の内で握る。

「ヅラぁ、おんぶして。疲れた」
「あとちょっとだから我慢しろ」




目を背けることしかできずに

あんたの首筋に、うなじに、顔をうずめたいから








>>20110212

title:M.I