同調してしまう僕ら | ナノ





※事後






『どんなに負けても、悔しくても、泣いても、やるせなくても、それでもバスケが好きだって思えるのは、実はとてもすごいことなんじゃないかって僕は思うんです』

テツヤはそう言って部を退部した。
一方的にそう言い残してから毎夜俺の脳は頭痛を引き起こす。ズキン、ズキン、と後頭部から殴られるような慢性的な痛み。
何なのだろう、と首を傾げつつ腹に絡まった恋人の腕を振り払い、重い体を引きずって引き出しにしまってある市販の頭痛薬を飲み干す。

「何、頭いてぇの?」
飲み終えた所で後ろから声をかけられた。しかもさっきまで抱きしめてきた相手。
あー最悪。いつもならセックスした後絶対起きないくせに何で今日に限って。
「ほんの少し痛いだけだ」
コップを置いて残りの錠剤を引き出しへしまう。振り返らずに言えば甘えているつもりなのか後ろから羽交い締めにされた。
「……退け、ベッドに戻ろう」
時刻は三時。そう、まだ眠れる時間はある。
昨日も、一昨日も、その前も、決まってこの時刻に頭痛がして目覚める。そしてまた眠りにつくのだ。何というか、悪い呪いにでもかかったような気味の悪さを覚える。

退けと言ったのに青峰は自分の肩に頭を埋めて退かない。何なんだ、ほんとにもう。背の温もりは心地いいはずなのに離れないことにだんだん苛立ってきて、ため息をつくと身を捩って抵抗する。足掻けば足掻くほど青峰は抱きしめる腕を強めて、とても痛い。子供みたいだった。ほんと、いいかげん退けってば。

「…なんで…………」
「は?」
「なんで…ヤってる時、テツヤって呼んでたんだよ」
抱きしめてきた理由はそれらしい。いや、それよりも、
「言ってた?俺が?」
「うん」
「何で」
「知るかよ。俺としちゃ気にくわないんだけど」
「…本当に気づかなかった」
無意識に言っていたらしい。いつだろう。喘いでいた時の記憶などあるわけないから記憶を詮索するだけ無駄だった。
うつむいて考えていると抱きしめていた腕が解かれて、肩を掴まれ、今度はお互い正面を向く形にさせられる。薄暗い部屋に浮かぶのは青峰の傷ついた顔。眉間に皺が寄って、少し怒ったように口を結んでいる。浮気してるとでも思っているのだろう。そんな彼をまっすぐに目をそらさず見上げた。
「浮気じゃないぞ」
「お前あんなことしといてよくそんなこと言えるな」
「知るか、本当に覚えがないんだ」
「………」
不信な目を向けられたままだったがそれよりも気になるのはテツヤの名前を無意識に呼んでいたことだ。
愛してる以上の感情をぶつけられるあの場で、なぜ他の男の、しかもついこの前部をやめてしまった彼の名を呼んだのか。
それも無意識に。
青峰にしか集中していなかったのに。


「…テツのこと、好きなのかよ?」
予想通りの返事が来た。
「いっしょにバスケをしていた仲としては好きだ」
「あ、そ」
伸ばされた手は頬を滑り落ちて首へ向かう。動脈と静脈が強く脈打つそこへ、ゆっくりと。絞め殺されるのかと思った。それでも振り払えずにいる自分はきっとこの男に落ちている証拠。
青峰は俺の目を見たまま怒気を放ちながら続ける。
「それとも止める時、なんか変なこと言われた?」
「…………別に」
「嘘だろ」
「うん、嘘」
バレた。長年の勘だろうか。
青峰の手の向かった先はさっき首筋に残した鬱血。体の表面に残した赤い赤いキスマーク。そっと触れたかと思えば今度は爪をたててガリッと引っかかれる。…痛い、痛い。


『どんなに負けても、悔しくても、泣いても、やるせなくても、それでもバスケが好きだって思えるのは、実はとてもすごいことなんじゃないかって僕は思うんです』


刻印のように脳裏に焼き付いた彼の言葉をそっくりそのまま青峰にぶつけた。
自分でも驚くほど落ち着いた口調で話していて、後半なんかふしぎと笑っていた。
「あんのやろ…」
青峰の怒りオーラはすでに消えて、今度はため息に変わる。
テツヤの言葉は紛いもなく俺の否定だ。現文のテストで十三点を叩き出した青峰にもそれぐらいは分かるだろう。

見つめていた赤の目を横へ流して、細い息を吐いた。頭が少し重たい。青峰はそんな俺に本日二度目のため息を吐いた。
「最後の最後で縛りやがってあんにゃろ…。何飲み込まれてんだよ。んなのテツの思うつぼだろ」
「………は?」
「それ、たぶん俺らのこと邪魔しようとして言ったんだよ」
何の話かさっぱりすぎる。目の前の巨体は少し屈むと首筋に残る赤い痕を吸ったり舐めたりを繰り返した。それも血が出そうなほど強く。…しつこい。
「テツはお前のこと嫌いだけど大好きなんだよ。俺と付き合ってんの気にくわねぇからって追いつめやがって…」

体ではなく心に傷をつけた、と青峰は言いたいらしい。ささやかな傷をつけることで自分の好きな人に痕を残した、と。
おかげで頭痛はするし、性行為中にテツヤの名を呼ぶし、自分でも気づかないうちにまんまと罠にハマったというわけだ。
体と心は一体。心が傷つけば体もきずつく。おそらく頭痛はそこからきているのだろう。
「………」
テツヤに好かれているのは雰囲気で分かっていたが、まさか恋愛感情を持ち込まれているのはわからなかった。テツヤの近くにいる青峰だからこそわかったのだろう。
俺にはそこまで人を理解できてしまう青峰が理解できなかったが。


「あー…、もうやだ。あと二十個ぐらいキスマーク付けねぇと気がすまねぇんだけど。何なの、ほんと。ヤりながらテツの名前ばっか呼ぶし…お前バカだし」
「俺が、何だって?」
「…何でもねーよ」
首筋から鎖骨にかけて舐められる舌は、ひびの入りそうな冷えかけた脳を暖める。のしかかってくる青峰の体重に負けてよろよろしていると、そのまま近くのベッドに倒れ込む。ぐらり、視界が反転。ベッドの隅に頭をぶつけて小さく呻いた。…痛い。

ふと見上げると青峰は傷ついた顔をしていて、それがあまりにも見るに耐えなくて、こちらまでが感情を共有しそうで、怖くなる。
腕を首に絡め、細い腰をすり寄せて唇を奪う。ぁ、とか、ん、とか、キスに没頭する甘い声を漏らしているうちに青峰が下着に指を引っかけた。
欲しい、と体は叫んで、心は本能に従った。

頭痛はなかった。押し倒された時に打った後頭部の方が今は痛い。



テツヤは赤司の心を抉って、青峰をも傷つけた。
今度テツに会った時に膝かっくんとデコピンどっちがいい?と持ち出されると、その幼稚な案に赤司は呆れたように笑って、デコピンがいいと答えた。


同調してしまう僕ら


20130325