「おれ!松陽先生が好きです…!!」 「えっ!?」 「……は?」 大々的に告白すると反応したのはあろうことか桂と銀時。二人とも順に続いてわけわかんないという意の声をあげた。 他の塾生はいなくなったために今ここには四人しかいない。声はあたりに響いて、もしかすると私塾の外まで聞こえたかもしれない。 松陽先生は雑巾を握ったまま、声もあげずにきょとんとして固まっている。 三人は掃除途中だけれど俺だけわきに雑巾をおいて、しかも正座して目を開いて告白した。 「んーだお前。ついに目覚めちゃったのか?女にモテすぎた結果、性別を越えたのかお前」 あからさまにバカにしてくる天パを完璧スルーして、というかもはやいないものと考えて、先生の答えを待つ。 ヅラも最初は驚いていたけど先生の答え方に興味津々で、雑巾を持つ手を止めている。 天パ野郎は最初は冷やかしていたけれど、もう興味がないらしく、こちらに背を向け汚れた雑巾をバケツの中でしぼってその辺の畳にぽいぽい投げ捨てていた。どんな表情かは知らない。(知りたくもない) ふいに固まったままの先生が、ふふ、と声をあげて笑った。 「いきなりどうしたのですか?晋助」 いつもの声音、いつもの表情でかわされて、心の隅で唇を尖らせながらちぇっと思う。俺がわずかに期待した欲しい言葉は掠めることなく流されて、与えてはくれなかった。内心しょんぼりしつつ、目を合わせたまま顎を引く。 「………先生が好きでどうすればいいかわからないから言ってみたんです…」 本当なんだ。 座学の授業も、竹刀の稽古も、こういうお掃除も、いっしょに食べる昼食も、畑で泥だらけになる時間も、先生がいるから楽しい。先生が好きだなって何度も思う。 家に帰って母上に先生のことを話すと、母上は楽しそうだねと笑ってくれる。先生が好きだと伝えるとまた笑ってくれる。母上に負けないぐらい、俺は先生が好き。 本当はそこにいる天パと替わって俺がいっしょに寺子屋で寝泊まりしたい。もし毎日続けることができるなら、それは本望だ。 それぐらい、先生が好きだ。 どうしたらいいのかわからないから、言ったまでのこと。 認めたくない羨望の目で、銀時の背を見る。 「お…、俺も先生が好きです…!」 呼吸を荒立たせながら名乗り出たのはヅラだった。後ろで結った髪を揺らして俺同様に正座する。わずかに耳が赤かったのを見逃さなかった。すこしむっとする。 銀時の肩がぴくっと不自然に動く。 松陽先生は二人も名乗り出た告白に、口元に手を添えてうつむいた。先生なりの考えるときのしぐさだ。 銀時にちらりと視線を移せば相変わらずだった。 「二人の気持ちは非常にうれしいです。しかし、その言葉をむやみやたら人に差し向けて使ってはなりませんよ。もちろんわたしも含めてです」 欲しい言葉は、なかった。 「なぜですか?」 ヅラが不服そうに眉をひそめて問う。俺も同様に目を向けた。 「心の底から好きだと思う相手だけに使う言葉だからです。同時に、共に墓に入れる覚悟がある人のみに使えるのですよ」 共に墓に…―――― きっと好きという言葉だけでそんな意味はないと知りながらも、きっと先生の意思は俺の細胞に染み渡る。 松陽先生は俺たちと同じように正座をした。 「じゃあ、先生は誰かに好きだと言ったことがあるんですか?」 ヅラが絞り出すように聞く。銀時の肩がまた揺れ動いた。 先生は俺たちにわからないように銀時の背を見ていた。ヅラはうつむいていて気づいていないようだけれど、俺はちゃんとわかってしまった。 そうしてまた向き直って口を開く。 「ふふ、小太郎。わたしは何度もあなたたちの前で好きだと言っていますよ」 「―――――――…」 この人は、塾生、みんなが好きなんだと言う。いつなんどきも特別扱いをしない人は、やはり根からみな平等に応えていた。 べつに松陽先生の特別が欲しいと言ったわけじゃない。そうではない、のに。それでも、悔しい。唇を噛んだ。 「晋助、そんな悲しそうな顔をしないで下さい」 眉を下げて困ったように笑う。 「しかし、好きという思いは内に秘めながら、愛しいと同時に思うのなら好きと口に出してよいと思います」 好きと同時に愛しい? いとしい、とは何だろう。聞き慣れない言葉だ。 ヅラを盗み見ると首をかしげていた。 松陽先生は、ひどく曖昧だ。 答えを深く追求しないせいで俺たちによくわからないことまで教えてくる。 「かわいくてしかたがないと思うこと。そして、その人に心引かれる気持ちがあれば、いつだって口に出していいのですよ」 色素の薄い髪が風に揺られて肩から胸に落ちる。松陽先生はそれだけ言うと、またにこりと笑い、雑巾を手に取った。 はっ、と思い出す。 答えなど出ていない。好きと言っていいかじゃない。好きだからどうすればいいかわからないと問うたのに、論点はわずかに道を逸れただけだ、と。 松陽先生は、俺の考えを見透かしたようにゆったりした動きで振り向く。 頭をしきりに撫でてくれる長い手を再び止め、穏やかな瞳をこちらに向け、唇を開いてこう告げた。 「大丈夫ですよ。わたしも晋助と同じように愛しいと思っていますから」 ただ恋をしていた、その手に目に想いに呼吸に 師が好きだった。同時に一人の人間を愛しいと思っていた >>20110202 title:花洩 |