※鬼←白だけど鬼灯さん出てきません










女のにおい、汗の滑り、軋むスプリング、脈打つ鼓動、生きている感覚、快感。
黒髪が肌に張り付き、なんとも妖艶な唇からこぼれ落ちる矯声が耳にねっとりと絡み付く。それがやっかいな麻薬のように脳で反響し、思考はどろどろと溶けていった。
ああ、もっと、もっと。その細い声で、しなやかな四肢で、熱い体内で包んで欲しい。
他の全てが些末だと思い込めるほどの。
愛情と見間違う程の熱を。



店の机につっぷしながら、白澤は手持ち無沙汰に薬草を弄っていた。
昨夜連れ込んだ女は、何事もなかったかのように小綺麗に身だしなみを整えると、社交辞令のような挨拶を交わして、昼前に帰っていった。
睦事で手に入れた熱はもうない。己の家にいるというのに、居場所を失った気分である。その喪失感すら単に肉の温もりによるものでしかなく、それ以外に執着などない。だからだろうか、離れた途端の寂寥といったら、まるで泣き出しそうになるほどの、いや、それは別な話である、それは抱いた女に対しての感情ではなく、熱に浮かされた頭が僅かに冷えたことで思い出す、全く別の。
「白澤様、開店しないんスか。もう午後っスよ」
だらだらと惰性に任せてばかりいる白澤を見かねた桃太郎が声を掛ける。ううん、と返事をして桃太郎を一瞥すれば、呆れたような表情でこちらを見ていた。
「そうだねえ…、なんだか今日はやる気が出ないし、急がなきゃいけない仕事もないから…」
休業でいいかなあ、と人好きのする笑みを向ければ、その台詞を予想していたのだろう、桃太郎は対して嫌な顔をすることもなく、休業の札を掛けてきますね、と外に出ていく。
「…」
指で転がしていた草を離し、ぞんざいにうっちゃると、手は所々緑色に染まっていた。草の汁である。
「ねえねえ、桃タロー君」
「なんスか」
帰ってきた桃太郎に話し掛け、ちょいちょいと手招きをする。桃太郎はそれに素直に従い、白澤との距離を詰めた。
すぐ傍らに立つ彼に向け、もっとおいでと言えば、怪訝な顔をしながら顔を近付けてくる。その顎に手を添え、桃太郎が何か言うよりも早く、白澤はその唇に触れるだけの口付けを落とした。
「な、な、何するんですか!」
突然の事に桃太郎は大声を上げる。あらら、嫌だった?
「開店しないなら桃タロー君も暇でしょ。ね、僕とシようよ」
まるで女を口説くような甘い声で、思わず気を許してしまいそうな表情で、口調で、慣れた手際で誘う。
「いきなり何言ってるんスか!俺男っスよ!」
「えー、いいじゃない」
「ホントに節操ないっスね…」
げんなりした顔で呟く。その表情を伺いながら、顎に添えていた手を離すと、桃太郎はほっとしたように息を吐いた。
「ちぇー。だめかー」
当たり前じゃないっスか、と言う言葉に、もう一度ちぇ、と言って、白澤はまた机に顔を乗せた。
「白澤様、大丈夫っスか?なんかいつもと違いますけど」
ベッドに行こうよ、などと冗談半分に言われたことはあっても、さすがにキスをされたのは今回が初めてで、からかわれていると言うには度が過ぎているように思う。連れ込んだ女が帰った後に元気がなくなるのも稀であるから、桃太郎は心配になったのだ。
昨夜何かあったのだろうか。
「ん、無問題。心配してくれてありがとね」
帰っても大丈夫だよと促すと、俺でよかったら話し相手になりますからね、と言って桃太郎は店を出ていった。
独りになり、自分以外の気配がなくなると、白澤は頭を抱えた。
(何やってんだろ)
快楽は好きだ。女の方が抱き心地がいいという理由から、事に及ぶのは女が多いけれど、男だって抵抗はない。
しかし、
(桃タロー君は違うでしょ…)
つい先程の自分の言動を思い出して自然と眉間に皺が寄る。
(ていうか)
そもそも誰と寝るのも違うのだ。ただ思いを紛らわしているだけで、白澤の本心はそこにはない。情事後の空虚感はそこに由来している。
黒く短い髪、線の細い体躯、切れ長の目。
気づけば、自室に連れ込む女の特徴は皆似通っていた。わざと選り好みしているわけではない。花街やホテルで抱く女の外見はそれこそ様々である。ただ、自宅で、となった時に限れば、これほど顕著に表層化する。無意識とは斯くも正直なものなのか。
肉が欲しいわけではない。温もりが欲しいわけではない。相手の恋情など言うまでもない。
よく知りもしない有象無象のそれらなど、自分にとっては所詮価値などないのだから。
思慕を、紛らわしたいのである。足掻いたところでどうしようもない衝動を、他人に置き換えているだけなのだ。
それは最早諦念からくるものであり、どうこうするつもりはない。
つもりはない、けれど。
肉欲は兎も角、発散できない思いは己の中に積もり続ける。それは白澤を酷く苛んだ。
長い間閉じ込めてきた感情である。今更晒け出すことなどできない。
しかし、気を緩めれば、その瞬間思いの丈をぶちまけてしまいそうなのだ。
もしも、もしも叶うのならば、誰でもない彼の隣で眠りにつき、彼の隣で目覚めることだけを願うのに。
そう言ったら、あの鉄面皮はどんな顔で、どんな言葉を返すだろうか。
そう考えた途端、気分は酷く暗くなり、白澤は強く唇を噛み締めた。





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白鬼なのか鬼白なのかわからなくなった

20111112
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