つんと香る独特のそれは酷く甘ったるく鼻腔を擽った。なんとも妖艶なそれは、鬼灯の神経を逆撫でする。
香水の類いは嫌いである。そのあからさまな臭いは、あっという間に嗅覚を支配し、そして麻痺させてしまう。己の感覚がひとつ潰されるのである。独特な臭いも好かない。嫌で嫌で堪らない。
「におい、きついですよ」
そのかおりを発する人物を睨み据え、しかし口調は平素のままで指摘すると、相手は己の服を嗅ぎながら、そうかなあ、よく分からないけれど、などと宣うので、鬼灯の眉間の皺は予期せずどんどん深くなり、視線の鋭さは増し、やがてその言葉の節々にも棘が見え隠れするのだけれど、対し白澤はというと、そんな様子は栓なきこととでも言うように、相変わらずの笑みを称えているのであった。
「しょうがないじゃないか。猫は着飾るものだよ、香水くらい付ける」
肩をすくませる様子を横目で見やり、すぐに目の前の書類に視線を落とす。彼の来室により中断した仕事に再度手を着けた。そうすれば不思議と香りが薄くなった気がした。
鼻が慣れてきたのだろうか?
「貴方は女郎じゃあないでしょうに」
昼間からの廓遊びを暗に非難しても、白澤は気にも留めていないのか、はたまた嫌味に気付いていないのか、まあねえ、といい加減な相槌を返す。
「僕は良い匂いだと思うけれど」
「私は不快です。毎度毎度花街の帰りに寄らないでくれますか」
あなたと違って暇じゃあないんですよ、と言いながら冊子を捲る。各部署から出された予算の申請書である。その使用用途や現状を鑑みながら、要求された金額が正当であるかどうか、…ああ、甘い匂いが。濃くなる。品のない、嫌な臭いである。
不快感を刺激する。
書類に影が落ちる。
「…暗くて仕事が出来ません。それに臭いです」
苛苛、苛苛。ちくちくと、嫌な臭いが、集中力を欠けさせる。
がりがりと頭を掻きながら、ペンを握りしめる。
「まあまあ、ほらこれお土産」
「私にですか。気持ち悪いですね」
中身が見えるように広げられたそれは、刻み煙草。ひとつまみ、すん、と嗅いでみれば、鬼灯愛用のそれである。
「…」
「気に入った?」
「…書類の上に広げないでください」
白澤は素直に包んでいた布を再び丁寧に折り畳む。
「僕からしたらこれの方がよっぽど臭いと思うけどなあ」
机の端にそれを置きながらのぼやきに、なんとでも言いなさい、と鬼灯は答えた。
署名と判を捺し、冊子を横に避け、次の仕事に取りかかろうと頭を切り替え――
「邪魔です」
白澤の手が紙の中央に置かれている。
「ねえ、どうせずっと仕事してるんだろ?息抜きがてら遊んでよ」
「いい加減になさい。私は忙しいんです」
幾分慣れてきた甘い臭いと、相手の口調と、その掌によって途切れた仕事への意欲。深くため息をついたその口を塞がれて、とうとう鬼灯は業務を放棄した。根気負けである。
「性病移さないでくださいよ」
着物の合わせ目から手を這わせていた白澤は、途端にげんなりした顔をした。
「雰囲気もくそもないこと言わないでよ」
「痕を残すのもダメです」
「わかってるって」
煩わしいと言わんばかりに再度唇を塞がれる。
大分慣れた女の香りが微かに嗅覚に張り付く。それを抗議するように相手の舌に歯を立てれば、ほんの一瞬、びくりと身を強張らせた。その反応に幾らか気が晴れて、鬼灯は、自ら相手の首に腕を回した。






20111108
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