僕がこんなことを言っても信じてもらえないのはしょうがないのかもしれないけれど、どうしても触れられない相手っていうのはいるものだ。
避けられてるからとかじゃあなく、間違いなく付き合っていて、好き合っていて、そういう雰囲気にだって幾度となくなっているのに、例え布ごし、シーツごしにですら、その肌に触れることをためらってしまって、平素好色と嘯かれる僕だというのに、まったく手が出せないのだ。嫌いなんじゃない、すごく好きなのだ、それも、今まで生きてきた中で一番。だからなのか、困ったことに接し方がよくわからないというのか、あと一歩をなかなか踏み出せないというか、いや、それもあるのだけど、なによりも、ただ近くにいるだけで満足してしまうのが大きな理由なのだろう。
満足、言葉にしてしまえばただ一言、しかし僕の心中は穏やかじゃあない。思いが溢れ出て、どうにも自分じゃ抑えきれないほどの、どうしていいかもわからない衝動が、常に渦巻いている状態で、己の感情だというのにもて余してしまってしょうがない。悠久の時を生きてきて、万物に精通すると言われている僕だというのに、まったく笑えない話だ。
いくら年月を重ねてもそんな態度をとってばかりで、いつまで経っても距離が縮まらないことに、あいつは酷く苛ついていたみたいで、ある日とうとう無理矢理抱かれた。
突然のことに狼狽して拒んでも、鬼灯は臍を曲げるだけで、何の意味もなさない。快楽と幸福の中で、涙が溢れた。そうして一晩過ごして、鬼灯の口から零れた言葉に、驚愕した。
「あなたにとっては、こんな関係は片手間なのでしょう」
ぱくばくと、空気を求めるように、言葉を選んでは飲み込んで、結局は何も言えずに見つめ返した先には、鋭い瞳、諦めと不信感で僕を刺す。勘違いも甚だしい、僕の本心は、そんなものと全くの対極にあるというのに、しかし、そう思わせてしまったのは、他ならぬ僕なのだろう、信じられない気持ちはわかるのだ、散々淫蕩に耽り、セックスが好きだなんて豪語している僕が、こいつ相手にはどうだ、その片鱗どころか、そういう意味では腑抜けである。
しかし。
それでも、こうして顔を付き合わせているだけで満たされてしまうのだから、仕方がないのだ。
「なんとか言ったらどうなのです」
言いながら忌々しげに口許を歪める、細められる目とか寄せられる眉とか、それにすら見とれてしまうのだから、困ったものだ。
だって、その苛つきは、不信の大きさはつまり、僕からの評価に対する、不安。(本当に私は、愛されているのだろうか)(私が注ぐ同等かそれ以上の愛を)、なんて、僕に求めていることのなによりの証だと、自惚れてしまうくらいには、目の前の男の瞳は揺れていて、はかない。
耐えきれず笑みを溢せば、拳が飛んでくる。ああ、こどもみたいだ。
手のひらを合わせて、ゆっくりと指を絡ませる。同じ温度が、違う感触を伝えて、もう二度と離したくなくなってしまう。たったこれだけのふれあいで、こうも締め付けられる心臓が、ばくばくと鼓動を早めていく。はやく、はやくと、生き急ぐように。
その血潮はあっという間に頭のてっぺんまでのぼり、脳を沸騰させたあと、少しだけ冷える。冷えたそれは、眼に膜を張り、自然と零れ落ちて、止まらない泪に。
ただ手を握り、嗚咽をあげる僕は、俯いたまま顔をあげることができずに、ただただ愛しさを伝えようとするのに、どうしても叶わない。
どうしたらこの想いを、そのままの形で。
考えのまとまらない頭でそればかり繰り返していると、頭上から聞こえるわざとらしい溜め息と、低い声。
「もう、いいです」
先ほどとは明らかに違う、あやすようなその声音は、ほんの僅かでも僕の思いが伝わった結果だろうか?そうならばいい。この収集のつかない内面を、察してもらえたなら、幸せだ。
「鬼灯」
まだ若干震える声で呼び掛ける。絡めた指が、緩く握り返す。ああ、これ以上満たされることなどあるのだろうか?たったこれだけの動作で、僕はこんなにも満たされてしまう。
「すき」
ほとんど無声音で呟いたそれは、しっかりと相手に伝わったらしい。ピアスを軽く引っ張られたあと、もう一度溜め息が聞こえた。
こどもですか、と小馬鹿にするセリフに、お前の方がこどものくせに、と言い返そうとしたけれど、それは叶わず、ただ、相手の声の暖かさに、ぼろぼろと泪は止まらなかった。






20121203
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