何度目をやっても、時計の長針はのろのろと、まるで止まっているかのような有り様で、その動きは亀よりも遅い。店の机に突っ伏しながら、少し多目に息を吸い込むと、ぐう、と腹の虫が鳴いた。その音がまた、苛立ちとも焦りともつかぬ心中を掻き立てる。
昼飯をまだ食べていないのである。朝は、晩の残りを少し。時刻は七時近い。
閉店した店内は薄暗く、日も殆ど落ちているというのに、明かりは灯していなかった。閉店するために店の入り口に鍵を掛けることすら億劫で、極楽満月の扉は施錠されていない。心の内とは裏腹に、ぼんやりと、呑気に窓の外を見ながら、ん、とかう、とか短く唸る。
朧月は酷く淡い光を放ち、光源としてはあまりに心許ないものである。今の季節、日が長いお陰で、電灯を付けていない事を大して気にする時刻ではないが、太陽が身を隠すのにそう時間はかからないだろう。
日暮れ。それに気付いて胸を満たすのは、いまだに帰らぬ彼の身の心配などではなく、帰ってこないことへの怒り、それは、八つ当たりにも近い感情。
一日二日、店を空ける事は、白澤自身にとっては日課のようなものである。その間店をきりもりしている桃太郎の心中など、考えた事もない。そんな己の行いをすっかり棚に上げて、白澤は今、丸一日以上店に戻らない相手に対し、憤慨していた。
再度時計を確認しても、その針は殆ど動いていない。叩き付けて壊してやろうか、などと、苛ついた頭が考える。その衝動を抑えるように、大きくため息を吐いて、足をぶらつかせる。
あといくつ、秒針が動いたら、帰ってくるのだろうか。
ぶらつかせていた足が貧乏揺すりに変わろうか、という時、きい、と音がして店のドアが開いた。
「あれ、白澤様、いないんですか」
明かりがないせいだろう、桃太郎は戸惑ったように寝食スペースへ移動しようと店内を横断する。その途中、机の上にこんもりとしたシルエットを見つけ、わっと小さく声を上げた。
「びっくりした。白澤様、いるなら何か言ってくださいよ」
「…お腹空いた」
拗ねたような声音で白澤は呟く。ご飯食べてないんですかと問うのと同時に、店内に光が灯る。突然の明るさに目をすがめると、そこには同じように眩しそうにこちらを見ている桃太郎の姿があった。
「食べてないよ、桃タロー君いなかったんだもの」
尖らせた口先に静かな怒りを乗せれば、桃太郎は不思議そうに目を丸くし、なにやら言いたげな顔をしたが、それだけで、ありあわせで何か作ります、とさして気にした様子もなく(白澤の感情に気付いていようというのに)、の台所へ向かう。
「遅いよ」
扉を開ける瞬間、白澤が呟く。桃太郎は振り返ったが、白澤は机に突っ伏したままで、動かない。白澤様、と問い掛ける桃太郎の声を無視して、無機質なテーブルに頬を擦る。
はあ、と呟きとも吐息とも取れる音がして、再度、白澤様、と呼ぶ声。
「すみません、ご飯も、今作るので」
白澤から理不尽に突き付けられた怒気を全く気にしていない風な口調で、寧ろ普段よりも柔らかく感じられるそれで、桃太郎は言う。
そうして扉が軋み、時間を開けずに水を流す音、冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえ、そこにいる桃太郎の後ろ姿を脳裏に思い浮かべれば、今の今まで胸につかえていたしこりが、綺麗に消えた事に白澤は満足し、耳を澄ませるように、目を閉じた。






20120716
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