他の子どもとどこか違うと感じたのは、なんだか酷く落ち着いた雰囲気だとか、一歩下がった見方をしているだとか、そういった物腰や考え方よりも、周りを、特に大人を見る瞳の色が、明らかに他と異色だったのが原因だろう。不信、諦念、加えて怯えを称えながらこちらを見上げる小さな幼子の目は、それでもなお、刺すような光でこちらを射抜いた。強い意志はひしひしと伝わってくるというのに、生気が感じられないそれは、まさに幽鬼と呼ぶに相応しい、しかし、それにしては生々しい存在感(生きているのだから、生々しいのは当然なはずなのに)がアンバランスで、首を傾げつつも足を止める。
自分は今、黄泉を変革するためにさまざまな意見や知識を求めていた。一人でも多くの人間に話を聞き、よりよりものにするために奔走している。しかして黄泉の治安は変革を待つことなく悪化の一途を辿り、その未来には懸念しかない。どんな些細な声でもいい、意見が欲しかった。
閻魔はその幼子を含む数人に声を掛ける。己のしたいことを説明し、発言を求めれば、なんということだろう、それまで思いもよらなかった回答が返ってきたのだ。その明晰さに舌を巻き、子どもらしからぬ価値観に目を見張った。それこそ今日は充分な収穫があったと満足してしまうくらいに。
中々画期的なその意見をうまく活用すべく、閻魔は一旦家に戻り、策を練った。まずは基盤となる制度作りからせねばならない。手探りで、たった一人で全てを行うのは難しいだろう。一体どうすればより円滑に事は進むのだろうか?黄泉の責任者に話を通すのは、礼儀としても良好な関係を築くにしても、変革を行う上でも重要だろう。では、ルールはどうするか。地位の高い者達に任せっきりでは偏ったものになってしまう、かといって皆の意見を全て取り入れることはできない。ゼロから全てを作り出すのには骨が折れるだろう。となると、見本が必要である。
(大陸に渡ってみようか)
あちらは制度が進んでいると聞く。何かヒントになるものがあるかもしれない。たっぷりと蓄えられた髭を撫でながら、閻魔はうん、と一人頷いた。そうして外に目をやれば、いつの間にか夕暮れ、赤く染まった世界が視界を覆う。
長い間同じ姿勢でいたためにすっかり固まった背骨は、伸びあがるとポキポキと音を立てた。一日中考え事をしていたせいか、軽い頭痛に襲われる。気分転換でもしようと、閻魔は立ち上がり、外へ出ると、もう一度大きく伸びをした。



歩いている間にも日は落ち、辺りが薄い青に覆われはじめ、夜の気配が濃くなった頃、閻魔はひとり佇む小さな陰を見つけた。
おや、あれは記憶に新しい、なかなか斬新な意見をくれた子どもじゃあないか。歩み寄れば、彼も人の気配を感じたようだ、くるりと体をこちらに向ける。光源がなくなり、顔が見えないことで警戒したのだろうか、探るような視線をよこしていたが、ワシだよ、と声を発せば、一拍置いて、昼間のひげ、と拙い発音で応えた。
「いや、ワシにも名前はあるんだけど…まあいいや、君まだ遊んでたの?みんなは」
「帰りました」
「じゃあ一人?」
その問いに少年は頷く。閻魔は目を見開いた。小さな子どもがこんな時間にたった一人でいるなど。
「みんなと一緒に帰ればよかったじゃない」
「…」
「危ないから送って行ってあげるよ」
「…」
「家、どの方向かわかる?」
「家はありません」
家族もいないので心配は無用です。
抑揚のない声音で言う幼児に、閻魔は、日中の会話を思い出す。両親はおろか身寄りも、寝る場所すらないのだろう、そう結論付け、無表情な相手に笑顔を向けると、手を差し出す。用心深くその掌と閻魔の顔を見比べている幼児に向かって、うちによっていきなよ、と、己が来た方向を指差した。






20120510
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