慣れた手つきでそっと襦袢を脱がされる。それまで布に遮られていた外気が直接肌に当たり、桃太郎は僅かに体を震わせた。すっかり暖かくなったとはいえ、裸でいるのには寒い季節、少し開けた窓から入り込むそよ風は、どこか冬を思わせる。
「閉めましょうか」
鬼灯が問う。部屋をぼやかす行灯の火を受けて、普段よりもだいぶ赤くなった顔や首筋が、元の色の生っ白さも手伝って、思わず息を飲んでしまうほど、艶やかに染まっていた。その一方で、瞳に宿った熱はギラギラと桃太郎を捉えている。不意に交差した視線が妙に気恥ずかしく、桃太郎はごまかすように目を伏せる。
「いえ、そのままで」
そう返せば、鬼灯はいとおしげに掌を桃太郎の頬に滑らせる。そのまま首、肩、二の腕と降りてきて、指先から名残惜しげに手を離すと、さらりと髪を一束掬い、音をたてずに口付けた。
そうして自身の着流しに手をかけ、するりと滑らせれば、引き締まり、筋肉の付いた裸体が顔を出す。ごくり、と桃太郎は喉を鳴らした。行為に及ぶ前、桃太郎はつい相手の体を眺めてしまうのは癖である。同じ男であるというのに、この体格の違いはなんだろう、考えてしまうのは同性故か。
そっと肩を押され、その意図に逆らわず仰向けに倒れる。ぎしり、寝台が軋んだ。こちらを覗き込む鬼灯の漆黒の瞳の中、僅かに吸収された月が光っている。それに手を伸ばすように、桃太郎は腕を上げた。
「どうして俺なんですか」
触れながら問えば、鬼灯は眉を潜めて怪訝な声を出す。
「どうして、とは」
「鬼灯さんなら、女の子選び放題じゃあないですか。わざわざ男の、しかも俺みたいな奴にしなくても」
つい口をついて出た疑問に、相手は面白くなさそうな顔をした。眉間の皺は深くなり、まるで酷く面倒な仕事の尻拭いをせねばならなくなった時のような、または、自身の上司と鉢合わせた時のような。機嫌を悪くさせてしまったな、と思うも、一度体内から外に飛び出た言葉は消えない。
つまりあなたは、私が。鬼灯が言う。
「あなたを慰み物にしていると」
低い声。心底気に食わないと、その声が物語っている。
ごくり、唾を飲む。しかし、撤回はしない。暗に肯定を示すと、勘がいい彼である、桃太郎の言わんとすることは容易に伝わる。
仕事が飛び抜けて出来るわけでもない、場を盛り上げるような会話が出来るわけでもない、お世辞にも二枚目とは言えない自分に、この仕事中毒の男が本気になるものか。あまつさえ同性である、如何とも信じがたい。
自分の分は弁えているつもりである。真に愛されたいなどと思っていない、ただ、こうして会瀬をする度に己に向けられる視線や物言い、触れる指の感触が、錯覚をもたらすのだ。
まるで、自分のことを。
桃太郎が唇を噛むのとほぼ同時に、鬼灯が舌打ちした。
外から流れ込む空気が、部屋を冷やす。
「私が冗談で男を、あなたを抱くと思っているのですか、本当に」
「だって」
その瞳の鋭さに、耐えきれず目を逸らせば、こちらを向きなさいと声が降ってきた。
その表情に、目を見張る。
「そんなわけ、あるはずないじゃないですか」
言いながら触れてくる指先に、こそばゆさを覚え、桃太郎は身を捩った。相手の言動ひとつひとつが、己の邪推など、幻想なのだと訴えてくる。眉尻が下がるのを堪えて、桃太郎は今度こそ鬼灯に手を伸ばした。
「すみません」
そう言って背に手を回し、抱き締めれば、鬼灯の腕もそれに応えた。体温が、肌の感触が、心地よく溶ける。
それでも、それを受け止めることはできても、
(すみません)
信じることは、こんなにも難しい。






20120403
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