「あれ、生理なの」
半ば強引に組み敷いて、下着を下ろしたところで、白澤は細い目を僅かに見開いた。その台詞、その表情がなぜだか酷く屈辱に感じられて、鬼灯は悔しそうに眉を寄せる。
全くこの男は、いつだってろくでもない。そもそも鬼灯はそういう気があって極楽満月を訪れたわけではないし、ヤろうよ、という相手の情緒も糞もない誘い文句を明確な拒絶をもって断ったのだ。しかし、この男ときたら、この男ときたら。いとも簡単に懐に入り込み、耳元で吐き気のするような甘い言葉を紡ぎ、突き放す前に両腕を掴んで、文句を言う前に唇を塞ぎ、まるで鬼灯を掌で転がすようにしてみせたのだ。拒絶を言っても聞く耳を持たない。とは言っても、普段から嫌だ嫌だとばかり口にする鬼灯であるから、真に拒む意志が伝わらないのは、仕方ないのかもしれないけれど。
白澤は鬼灯を見下ろして、どうしたものかと思案するように口を閉じた。その視線はいまだ下半身に注がれており、普段なら誰の目にも触れさせることのない経血が、よりにもよってこの人物の目に写っているかと思うと、耐え難い羞恥心に襲われる。
「だから今日は仕事で来たと、再三」
「まあいいや」
白澤は目を細め、いつもの顔になって視線を上げる。え、と鬼灯が声を漏らすと、相手はその頬に軽く口づけて、笑みを緩く広げた。
「このままシようよ」
「な、」
鬼灯は目を見張る。言われている意味が分からない。目の前の男は何事もなかったかのように笑んでいるが、その口から放られた言葉は如何にも信じがたい。
「だから、挿れるよって」
「何を言ってるんです」
そんなの無理に決まっている、と言う前に、白澤のそれが鬼灯の花芯に当てられた。それだけで不快感が背を駆け抜け、鬼灯は身震いする。制止の声を吐き出す前に貫かれて、それと同時に好きだよ、などという優しい音、己の心とは裏腹に遅い来る快感と粘着質な嫌悪感の狭間で、悔しげに顔を歪めた。

***

寒空の下、吐く息が白い。
寝ていかないの、と飄々と宣う相手の顔面に一発、二発、拳を入れて、当初の目的であった書類を奪い取って帰路に着くと、漸くねっとりとしたあの空気から解放されたような気になって、しかしその空気はあの部屋なんかにはない、鬼灯の腹の中、女しか持ち得ない臓器の内側でどろどろと蠢いている気がして、無意識に腹に手をあてると、唇を噛んだ。
あの感覚も。
あの感情も。
すっかり預けて来た気になっていて、その実鬼灯の中に鉛のように音もなく溜まり、体はどんどん重くなる。
あの口から出る好意など、所詮繋ぎ止める呪いのようなものだ。
その証拠に、白澤は行為が終われば何事もなかったかのように振る舞う。体を重ねている間だけの短い真実である。
そんなことは百も承知でいるはずなのに、それでも。
鬼灯はそこで思考を遮断する。空は薄暗い色に染まり、今にも降りだしそうな天気である。曇天がいつもより天を低くする。
雲の向こう側を見るように、目を凝らす。雨の水滴ひとつひとつに負の恋慕を全て吸い込ませて、洗い流してしまえればいいのに。
いくらそう念じても、願いは届かず、雨は一向に降る気配がない。腹に溜まった嫌な塊は質量を増し、思考する頭は重くなる。
どちらも己を冷やすものならば、雨の方がずっとましだ。雨は地に染み込み気体となって空へ昇る。
ざり、と土を蹴りあげる。細かい砂が一瞬風に舞い、すぐに地面に同化した。
白澤に会うたびに突き付けられる現実は、どれだけ歯噛みしても覆らない。
感情を吐き捨てるように息を吐く。
(私の思いは)
どこにも辿り着かない。






-----
白澤のゲス具合を書く予定だったのにいつの間にか片思いになっていた件

20120206
.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -