何もない原に、踞り、無心に風を浴びていた。
生ぬるい風、空は赤く、ということは夏だろうか、よくわからない。
曼珠沙華が。
風を受けて。
ひとつ、ふたつ、いやいや、数えられなどしない、無数に、いつの間にか、己を囲んで揺れている。
掌が、小さく、指も短く、おや、そういえば背丈もなんだか、小さい。
こども。
しかししっくりくる、一体どうしたものか。
既視感。
己はこどもである。
再度掌を見れば、見慣れた大きさ、見慣れた形。なぜそれを、まるで他人のもののように。
不思議なことがあるものである。
ああ、空腹だ。
夕焼けが赤い。
原も赤い。
伸びた草が、斜陽を受けてひかる、草露が綺麗だ、青々としているはずの葉も茎も橙に染まり、影は黒い。
曼珠沙華は血を被ったような赤に。
帰らなければ、そう思い、なぜだか酷く胸が締め付けられる。
ぽろり
伝う涙に、喉が呼応して、途端に苦しくなる呼吸。
少しも響かず、地面に吸い込まれる泣き声。
喉が焼けているような。
帰る場所はある、それほど離れていない場所に、父母が待つ家がある。
優しさで溢れた、家族が。
しかし、そうではないと、誰かが告げる、脳の内側から沸き上がる思いに戸惑い、感情の統制などできず、泣きじゃくる。
空虚感。
感じる思いは確かにそれだけれど、不幸なことに自分はその感情の名前を知らぬ、ただただ押し潰されそうな言い様のない恐ろしい感情であり、対処することもできぬ、ただ泣くばかり。
不意に、
頭に手が触れた。
父さん?そう問いながら見上げた先には見たことのない男。
太陽を背に立つ、影法師。
しゃがんだお陰で視線がかち合う、影が薄くなり、顔が見えた。
猫目に、赤い縁取り、妙に長い、赤い紐の耳飾り。
反射的に頬を叩いた。ぱしん、と小さな音。
はっとして謝れば、男は笑って、瞳には酷く優しい色が宿っていて、思わず。
その胸に飛び込み、服にすがれば、筋ばった手が己の背を撫でる。
あたたかい。
あたたかい。
不安が霧散していく。
体温に安堵して。
なんだか不思議な匂い、薬品だろうか、いやいや、漢方薬のような。
いとしい。
思考の片隅に。
その思いは。
その思いを伝える術など、言葉など、持ってはおらず、ただ押し寄せる思いのままに、それ以上縮まらない距離を縮めるように、その胸に顔を押し付け、鼻をすすり、掴む手に力を入れ。
男の喉が鳴る。
苦笑。
見上げれば、こちらの胸が潰れそうになる程の、悲痛な表情。
目を見張ると、頭と背中に腕が回り、苦しい程に抱き締められて。
苦しさ、安心感、悲しさ、愛しさ、寂寥感、匂い、温もり、肉の弾力、生きている、風の感触。
込み上げてくる、嗚咽と涙。
わけもわからないまま、感ずるままに、声を上げた。
ああ、連れていってくれ、自分を。
親など知らぬ、この温もりを奪わないでくれ。
ふふ
己を暖める彼が笑う。
その意図は。
それだけで嬉しいと、言う声は震えても弾んでもいない、ただ酷く、心が痛い。
ずっとあいしてるよ
じわり、と。
沁みる、ことのは。
両のかいなに込められた力。
思いは乱れ、ただただ、意味のない声に変換され、地面に落ちていく。
頭がおかしくなりそうだ。
抱き寄せる力が弱まる。
体温が遠退く。
絶望にも似た喪失感。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、
恐怖が。
大丈夫、
男が笑う。
細められた目が。
ずっと待っているから、
泣かないで
額に触れた唇。
遠くから、父の呼ぶ声が聞こえる。
帰らなければ、叱られるというのに、離れがたく。
苦笑いして、お行き、と促す声。
不満げに見上げ、もう一度、その匂いを嗅ぐように男の服に顔を埋めて、おずおずと手を離し、一歩、二歩。
振り替えれば、男は笑みを浮かべて見ている。
右手を緩く振る、それが、別れの合図。
父の声。
風が耳を擽る。
お行きよ、と、男が言う。
男に背を向け、家に向かい急ぎ足。
原を抜ける直前、振り向けば、そこには。
背の高い草と、曼珠沙華が、赤々と燃えているだけの、無音の世界。
刺さる心に、名も知らぬ彼の姿が、
みるみる陽に溶かされて、絶望を覚える前には、
すっかり消えた。




たしかにあいした、

(たましいがおぼえている)






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鬼灯さんが転生して人間界に生まれ変わった設定
白→←鬼前提
白澤さんは鬼灯さんが自分の元に戻ってくるのを待っている
鬼灯さんが覚えてなくても、白澤が鬼灯の分まで覚えていればいいだけの話
そう思って、想い続けている


20120114
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