元々そっけないメールが、更にそっけなくなった。会瀬の約束を取り付けようとも、なんだかんだと理由をつけて断られる。
しかし、何せ忙しい身である、気楽に店を開いている自分と彼女では立場が違うことはよく理解していたから、おおかた仕事が重なっているのだろうと、あまり気にしていなかった。
だが、流石にこれはどういう事なのだろう。
「ねえ、桃タロー君、どう思う」
「何がですか」
不機嫌さを露にした白澤の声音に、桃太郎は訊ねる。白澤は机と平行に椅子に座り、片腕だけで頬杖を付き、桃太郎のいる方向に足を投げ出して、なんとも行儀の悪い姿勢で桃太郎を見ていた。桃太郎は摘んできた薬草を用途別に分けていた手を止め、白澤の視線に己のそれを合わせる。すると、白澤は面白くなさそうに顔を歪めて、堪えきれないというようにため息を吐いた。
その様子に、桃太郎は目を丸くする。天国随一の八方美人、女に殴られても蹴られても、決して笑みを絶やす事のない彼が、眉間に深い皺を作っている。そんな表情を見たのは初めてで、そういえば、不機嫌さをここまで露呈させている彼もまた、見たことはなかったな、と記憶を巡らせた。
そこまで思考したところで、白澤が口を開く。
「鬼灯に避けられてる」
頬杖を付いていない方の手でがりがりと頭を掻きながら、普段より大分低い声で発された言葉には、明らかに苛立ちが込められていた。
「…。また何か、癪に障るような事をしたんですか」
「してないよ!してないどころか会ってもいない、話もしてない、なのに避けられてる」
白澤の話を要約すると、今日、仕事の関係で地獄に赴いた。そこで全く偶然にも鬼灯を見かけ、声を掛けると、彼女はこちらを一瞥し、顔をしかめて、逃げるように自室に駆け込んだ。白澤が追いかけ、鍵の掛かった扉の前で呼んでも帰れの一点張り。理由を問うても一切教えてくれぬ。自分の意見は梃子でも動かさない頑固な彼女である、これ以上の押し問答は無意味と、鬼灯の言動が腑に落ちないままに退散してきた、という事であった。
全くわけが分からない、と白澤は呟く。
「何か、知らないうちに鬼灯さんを怒らせたんじゃないですか」
女性関係とか、と桃太郎が言うと、鬼灯と付き合い始めてからの僕は一途だよ!と叫んだ。
「桃タロー君だって知ってるじゃないか」
「それは分かってますけど、鬼灯さんが何かを誤解して怒ってる、って事だって考えられるじゃないっスか」
「誤解ってなにさ」
「知らないですよ…そういう可能性もなきにしもあらずっていうだけで」
ふむ、と、白澤は何やら考えるように腕組みした。桃太郎は作業を再開する。自分は言う事は言った、後は白澤の結論待ちである。
「…やっぱり分からないよ」
暫くして、白澤が項垂れたように言った。
「まあ、身に覚えがなくても、誤解って簡単に生まれるたりしますからね」
「…それじゃあ解決も反省もできないじゃないか」
会おうにも拒絶されていては、問い質すことも出来ない。
そう言えば、それはそうですけど、と桃太郎も歯切れ悪く返す。
「でも、話をしないことにはこのままじゃないっスか」
「…」
その通りな気がする。相手は自分の意見を決して曲げない。今までだって、こちらが折れるか、ぼこぼこにされて平謝りしていたのである。
もし、自分の預かり知らぬところで、致命的な誤解を受けていたとしたら。
サッと血の気が引いた。それはまずいぞ。
自分の人生など、言ってみれば誤解の種をあちこちにばら蒔いて生きてきたようなものである。それらが今になって芽を出していたとしたら、その芽が鬼灯の目に留まってしまったのだとしたら。
「…どうしよう」
みるみる顔色が悪くなっていく上司を見て、なんだか桃太郎まで気分が悪くなってきた。
わしゃわしゃと両手で頭をかきむしりながら、何やらぶつぶつと呟いていたが、突如立ち上がり、桃太郎をちらりと見遣った。
「ちょっと出掛けてくる」
青い顔のままで、白澤が言う。何を考えたかは分からないが、恐らく最悪のシチュエーションが彼の脳内に沸き上がったのだろう。
力なく店の戸を潜る彼に向かって、桃太郎は、おきをつけて、と声を掛けるしか出来なかった。






20111228
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